多樂スパイス

命の再生

2010.11.21

 つくづく植物の力は凄いと思い知らされている。地球と、いや宇宙と植物はそもそも一体であり、人間も含めた他の生き物たちは植物に生かされていると感じるこの頃であるが、その思いは強くなるばかりである。

 写真の木は新宿御苑のもの。なんという種類の木かわからないが、太い幹の方は完全に枯れている。もしかすると落雷に遭ったのかもしれない。

 しかし、根本のあたりから本体の一部なのか、あるいはこぼれた種が目がふいたのか、新たに幹が伸び始め、今ではこのように立派な葉を生い茂らせ、まるで枯れた幹を慈しむように巻き付いている。これを発見した時、涙が出そうなほど感動した。たぶん、この御苑を管理している人はこうなる事態を想定して、この枯れ果てた木を残していたのだろう。

 同じような姿は先日訪れた京都府植物園(ここはお奨め! 自然の形に近い林や森が残されている)にもあり、そこでは植物の再生力について詳しい記述もされていた。

 要するに、生命力がとんでもないのである。

 そう言えば、京都府植物園に行った時、団体客を案内していたガイドが次のような話をしていた。

 秋になると、なぜ葉は落ちるのか。それは気温が下がり、日照時間も減っているのに対応するため、植物が自ら葉を切り離しているためだという。体力を温存しなければ、冬を越せないからだ。葉の付け根と幹の間にナントカという分泌物を流して遮断し、幹から葉に栄養がいかないようにする。すると光合成が行われず、葉は変色していく。黄色の色素が強い葉は黄色になり、赤の色素が強い葉は赤やオレンジになる。緑の色素が強い葉は赤と混じり、紫になるというものだった。

 

 そうだったのか!

 目から鱗の瞬間だった。

 落ちた葉は無駄死にではない。地表で微生物を集め、再び命の源泉となるか、あるいは今生きている植物や動物を助けるなど、それぞれに役目を果たしている。まさに『葉っぱのフレディ』そのものである。

 そういった大きな円環を感じる時、自分という存在のあまりに小さきことを痛感しないわけにはいかない。

 

 人間界を見渡すと、シナの狂った暴挙や民主党幹部の偏屈でおぞましい対応を見せられ、うんざりするばかりだが、自然界はこうして本道であり続けているのだ。何も言わずに……。

(101121 第209回)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Profile

高久多美男

高久 多美男

(撮影:森 日出夫)

●1959年生まれ

●1987年、広告の企画・制作を営む株式会社コンパス・ポイントを設立

●2009年、『Japanist』を編集・発行するジャパニスト株式会社を設立(2019年1月、刊行終了)

●「遊び、学び、仕事は皆同じ」がモットー。すべからく本質を求める

■本は永遠の師匠

19世紀フランス文学から20世紀アメリカ文学、さらには現代日本文学。歴史(特に日本近代史)、あらゆる生活・芸術分野から政治・経済の分野まで、本には強いな愛着を示す

■No Music, No Life

あらゆるクラシック音楽と1950年代以降のジャズ、R&B、60年代以降のロック、ワールドミュージックなど、とにかく雑食

■生涯、美を求めたい

桃山から江戸にかけての日本美術、岡倉天心一派以降の近代絵画を特に好む。ヨーロッパの近代絵画など、こちらも雑食

■敬愛する歴史上の人物

尊敬する人物は大久保利通。ほかに幕末から明治にかけて活躍した男たち。戦国武将では武田信玄、戦後の政治家では岸信介

■思索の遊び

禅、儒学、老荘思想、マキャヴェリズムを組み合わせながら、独自の思想を構築中

■いやなもの

共産主義や日教組などの極端な左翼思想(極端な右翼も嫌い)、地球市民幻想、新興宗教

■その他

日常的に走る他、毎年夏、山に登る。体型はずっと変わらず。便利なことよりも美しさに価値を見いだす

多樂塾

SPONSORED LINK

ココロバエ

Topics

記事一覧へ
Recommend Contents
このページのトップへ