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うーにゃんから学ぶ「数より質」

2019.04.05

 無理もないことだが、いまだ心のなかにポッカリと穴が空いている。先日、三味線の都一中さんの講義を聞いているとき、一中さんが「う〜」と唄い始めるや、うーにゃんを思い出し、哀しくなった。車の運転をしているときも、さまざまな記憶が脳裏に去来し、気がつくと涙を流している。女々しいと思う。でも、それが事実なのだ。

 いまさらうーにゃんは生き返らない。ただ、思うだけ。しかし、少し冷静になって考えると、うーにゃんが示してくれた本質がたくさんあることに気づく。

 たとえば、他者との関係は、数より質だということ。うーにゃんは20年間、ほぼ家族とだけつき合ってきた。雌ネコだからか、外へ出ようという気もなかった。いつも家族といっしょ。家族と言っても、大家族ではない。私と妻、そして時々帰ってくる娘の3人だけである。

 それでもうーにゃんは濃密な人間関係を維持していた。本人から聞いたわけではないが、幸福度は明らかに高かったはず。

 ひるがえって、SNS隆盛の昨今、人はより多くの人とつながろうとする。フェイスブックで1000人友だちがいるとか……。はたしてそれで幸福度は高くなっているのだろうか。おそらく、膨大な数の情報を見るだけで多くの貴重な時間を費やし、羨ましくなったり、自己嫌悪に陥ることもあるのではないか。それでは本末転倒もはなはだしい。

 都一中さんも言っていた。悪いニュースは芸に悪影響があるから見ないようにしている。悪いニュースを流さないテレビはないから、テレビは見ない、と。

 選別が必要なのだ。しかし、多くの人はダダ漏れでやってくる他人の情報を際限なく受け入れている。そりゃあ、気持ちも病むだろう。うーにゃんはけっしてそういうことはしなかった。自分と心がつながる人と真摯に向き合った。そのことから、本質をひもとくことができる。心から理解し合える友人を数人もてばいい、と。

 もちろん、人間とネコを同列で考えることはできない。人間は生きていくために働く必要があるし、多くの人と交わる必要がある。そうは言っても、「人間関係は数より質」は転用可能な教訓である。

 

 

 ※うーにゃん先生、最後の出番。

うーにゃん先生流マインドフルネス「日々の生活が人をつくる」

40話 うーにゃん先生「日々の生活が人をつくる」

 

「美し人」公式サイトの「美しい日本のことば」をご覧ください。その名のとおり、日本人が忘れてはいけない、文化遺産ともいうべき美しい言葉の数々が紹介されています。

https://www.umashi-bito.or.jp/column/

(190405 第890回 写真上:うーにゃんの大好きな下腹モミモミ。下:私の太腿が枕代わり)

Profile

高久多美男

高久 多美男

(撮影:森 日出夫)

●1959年生まれ

●1987年、広告の企画・制作を営む株式会社コンパス・ポイントを設立

●2009年、『Japanist』を編集・発行するジャパニスト株式会社を設立(2019年1月、刊行終了)

●「遊び、学び、仕事は皆同じ」がモットー。すべからく本質を求める

■本は永遠の師匠

19世紀フランス文学から20世紀アメリカ文学、さらには現代日本文学。歴史(特に日本近代史)、あらゆる生活・芸術分野から政治・経済の分野まで、本には強いな愛着を示す

■No Music, No Life

あらゆるクラシック音楽と1950年代以降のジャズ、R&B、60年代以降のロック、ワールドミュージックなど、とにかく雑食

■生涯、美を求めたい

桃山から江戸にかけての日本美術、岡倉天心一派以降の近代絵画を特に好む。ヨーロッパの近代絵画など、こちらも雑食

■敬愛する歴史上の人物

尊敬する人物は大久保利通。ほかに幕末から明治にかけて活躍した男たち。戦国武将では武田信玄、戦後の政治家では岸信介

■思索の遊び

禅、儒学、老荘思想、マキャヴェリズムを組み合わせながら、独自の思想を構築中

■いやなもの

共産主義や日教組などの極端な左翼思想(極端な右翼も嫌い)、地球市民幻想、新興宗教

■その他

日常的に走る他、毎年夏、山に登る。体型はずっと変わらず。便利なことよりも美しさに価値を見いだす

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