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美し人
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負け戦から学ぶ

2018.06.02

 浜松市の「市役所南」というバス停で降りると、一本の松がある。浜松城の目の前だ。近くに寄って案内板を見ると、家康が見方の合戦で武田信玄に完敗し、ほうほうの体で城に逃げ帰った際、鎧を脱ぎ、大きな松の木の木陰で休んだ時にちなんでいるという。現存する松の木は、地元の人たちによって植えられた松の3代目にあたると書かれている。

 家康が生涯に経験した負け戦は、この時が唯一だと言われる。小牧・長久手の戦いでは、後に天下人となった秀吉に勝っている。家康といえば、戦上手というイメージはなく、どちらかといえば政治家肌だが、案外、戦に強いのだ。

 

 三方原の合戦で破れ、浜松城に戻ってから急ぎ絵師に描かせたという家康の肖像画が有名だ。赤い床几に腰掛け、左手を頬に当てている姿は、よくある勇ましい肖像画ではない。目はなにかに怯えているようでもあり、武将であればけっしてひと目に晒したくないシロモノだ。しかし、負け戦を生涯の教訓にしようと思った家康は、あえて惨めな自分の姿を描かせ、後の戒めにするため、いつも身近なところに置いていたというのだ。

 その絵が描かれたのが合戦の直後かどうかは怪しい。しかし、「いかにも家康ならそういうことをするだろう」と思わせるところが重要だ。勇ましい武将は掃いて捨てるほどいた時代、この冷静沈着さが天下をとった秘訣なのだと納得させられる。

 それにしても時の運とは皮肉なものだ。無敵の行軍を続けた信玄は、京に登る途上で病に倒れる。それによって絶体絶命の危機を脱した信長は息を吹き返し、天下を取るやに見えた。それもつかの間、光秀に討たれる。

 弔い合戦で株を上げた秀吉は天下を取るが、もとより治世の才は乏しく、朝鮮出兵などの愚策を重ね、政権の基盤を自ら脆弱にしていく。

 後の世から見れば、信長、秀吉、家康の3人の能力は比べるまでもない。圧倒的に総合力で家康が勝っていた(心情的に信長という人物には惹かれるが)。

 

※悩めるニンゲンたちに、名ネコ・うーにゃん先生が禅の手ほどきをする「うーにゃん先生流マインドフルネス」、連載中。今回は「生涯、自分を支えてくれる言葉を見つける」。

https://qiwacocoro.xsrv.jp/archives/category/%E9%80%A3%E8%BC%89/zengo

(180602 第816回 写真上は三方原の合戦で破れた後に描かせたと言われる家康の肖像画。下は鎧掛松)

 

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Profile

髙久多美男

髙久多美男

(撮影:森 日出夫)

●1959年生まれ

●1987年、広告の企画・制作を営む株式会社コンパス・ポイントを設立

●2009年、『Japanist』を編集・発行するジャパニスト株式会社を設立(2019年1月、刊行終了)

●「遊び、学び、仕事は皆同じ」がモットー。すべからく本質を求める

■本は永遠の師匠

19世紀フランス文学から20世紀アメリカ文学、さらには現代日本文学。歴史(特に日本近代史)、あらゆる生活・芸術分野から政治・経済の分野まで、本には強いな愛着を示す

■No Music, No Life

あらゆるクラシック音楽と1950年代以降のジャズ、R&B、60年代以降のロック、ワールドミュージックなど、とにかく雑食

■生涯、美を求めたい

桃山から江戸にかけての日本美術、岡倉天心一派以降の近代絵画を特に好む。ヨーロッパの近代絵画など、こちらも雑食

■敬愛する歴史上の人物

尊敬する人物は大久保利通。ほかに幕末から明治にかけて活躍した男たち。戦国武将では武田信玄、戦後の政治家では岸信介

■思索の遊び

禅、儒学、老荘思想、マキャヴェリズムを組み合わせながら、独自の思想を構築中

■いやなもの

共産主義や日教組などの極端な左翼思想(極端な右翼も嫌い)、地球市民幻想、新興宗教

■その他

日常的に走る他、毎年夏、山に登る。体型はずっと変わらず。便利なことよりも美しさに価値を見いだす

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