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大徳寺灯籠の件、利休にたずねよ

2009.04.01

 久しぶりに上質の小説を堪能した。このところずっと政治・経済ものばかり読んでいたのだが、泉鏡花の『外科室・海城発電』に続き、山本兼一の『利休にたずねよ』(直木賞をもらったばかりの作品)に唸らせられた。

 政治も経済も興味は尽きないが、ひらたく言えば、人間の欲得の総和を推し量るようなもの。それがわからなければ、政治や経済の答えを探るのは難しいのだが、いいかげんうんざりすることもある。純粋に美しいものが欲しい……と。

 『利休にたずねよ』、極上の小説とはこういうものを言うのだろう。着想も構成も表現力も申し分ない。最近、どこかの雑誌に芥川賞作品の劣化ぶりを書いたばかりだが、あれらどうしようもないチャイルディッシュな小説(というか、自己満足だけの日記みたいなもの)に比べて、近年の直木賞作品のレベルは上がるばかり、というのが私の見方だ。

 さて、この『利休にたずねよ』、何がいいって構成に興趣があふれている。

 利休が切腹する日の描写から始まり、その後、秀吉・細川忠興・古田織部・徳川家康・石田三成・ヴァリニャーノ(宣教師)・宗恩(利休の妻)など、章ごとに視点が変わり、しかも時間的に遡っていく。

 それにつれて、秀吉と利休の軋轢が浮かび上がってくるのだが、それがこの作品の主題ではない。それであれば野上彌生子の『秀吉と利休』と同じになってしまう。

 なんと、これは利休のラブストーリーだったのだ! 最後は19歳の時まで遡る。恋の相手は高麗の高貴な血筋をひく絶世の美女。権力争いのとばっちりを受けて日本の商人に買われて日本にやってきた。高麗へ逃してやろうと二人で出奔するが、途中見つかってしまう。そこで女には毒を混ぜた茶を飲ませ死なせるが、自分は死ぬ勇気がなく、生き延びてしまった。

 成就されなかった恋は死ぬまで色あせない。それどころか年月とともに艶が増してくる。切腹の日まで形見の香合を手放すことなく、利休は19歳の恋に殉じたのである。

 

 ところで、こういうくだりがあった。

──評判を聞いた秀吉が欲しがったので、利休は灯籠の笠をわざわざ打ち欠いたのだという。

「割れておりますゆえに、献上いたしかねます」

 と、断りの口実にするためだったが、不完全な美をいちだん崇高なものとして賞賛したがるのは、村田珠光以来、もの数寄な侘び茶人の癖である。

 

 そこで思い出した。ああ、あの大徳寺のガラシャの墓のあれか……、と。

 数年前、京都・大徳寺に行った時、ガラシャの墓にあった笠の欠けた灯籠を見た。その灯籠をことのほか気に入っていた利休は上記のような理由をつけて手元に置き、死ぬ間際に弟子の細川忠興(三齋)に贈ったのである。言うまでもなくガラシャは明智光秀の子で忠興の妻。

 そのくだりを読んだ時、さまざまな点がつながり、合点がいったのである。

(090401 第91回 写真は大徳寺・細川ガラシャの墓にある灯籠)

 

 

Profile

高久多美男

高久 多美男

(撮影:森 日出夫)

●1959年生まれ

●1987年、広告の企画・制作を営む株式会社コンパス・ポイントを設立

●2009年、『Japanist』を編集・発行するジャパニスト株式会社を設立(2019年1月、刊行終了)

●「遊び、学び、仕事は皆同じ」がモットー。すべからく本質を求める

■本は永遠の師匠

19世紀フランス文学から20世紀アメリカ文学、さらには現代日本文学。歴史(特に日本近代史)、あらゆる生活・芸術分野から政治・経済の分野まで、本には強いな愛着を示す

■No Music, No Life

あらゆるクラシック音楽と1950年代以降のジャズ、R&B、60年代以降のロック、ワールドミュージックなど、とにかく雑食

■生涯、美を求めたい

桃山から江戸にかけての日本美術、岡倉天心一派以降の近代絵画を特に好む。ヨーロッパの近代絵画など、こちらも雑食

■敬愛する歴史上の人物

尊敬する人物は大久保利通。ほかに幕末から明治にかけて活躍した男たち。戦国武将では武田信玄、戦後の政治家では岸信介

■思索の遊び

禅、儒学、老荘思想、マキャヴェリズムを組み合わせながら、独自の思想を構築中

■いやなもの

共産主義や日教組などの極端な左翼思想(極端な右翼も嫌い)、地球市民幻想、新興宗教

■その他

日常的に走る他、毎年夏、山に登る。体型はずっと変わらず。便利なことよりも美しさに価値を見いだす

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