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ウルトラマンにイカれた子どもだった

2008.09.28

 何を隠そう、子どもの頃はウルトラマンっ子だった。ウルトラQから始まり、ウルトラマン、ウルトラセブン、帰ってきたウルトラマン〜と続くウルトラマンシリーズに夢中になり、ひそかに「特製怪獣図鑑」を編纂していた。ウルトラマンに登場するすべての怪獣に関する詳細なデータを書き込んだ手製のノートだ。体重、体長、出身地、得意技、来歴、死に方まで個性的な字で(当時からそうだった)書き綴っていたのである。今でもその図鑑があったらな、と思う。私にとっては貴重な資料となっていたはずだ(何の資料かわからないが)。ウルトラマンの背中にあるチャックの存在は当時もわかっており、まさか実際にウルトラマンがいるとは思っていなかったが、あれを見ていると異様に興奮したことを憶えてる。悪を懲らしめるって、スカッとするのだ。

 だから、テリー(北原照久氏)がプロデューサーを務める横浜人形の家で「ウルトラ8兄弟」の展示が行われると知って、小躍りした。これは行かねばなるまい。

 そして、行った。やはり、たくさんのウルトラマングッズがあった。実際に撮影で使用した横浜市街のジオラマまであった。模型で造られたビルや道路とウルトラマンや怪獣のセット。

 なんでここまで集めるんだろう、と今なら驚かない。北原さんが「使命感」で集めていることを知っているからだ。

 モロボシ・ダンがウルトラマンに変身する時に使う懐中電灯みたいなヤツ(名前ど忘れ)もいくつかあったが、今ならどうしてこんなモノまで集めるのか、と不審に思わない。テリーが使命感で集めていることを知っているからだ。

 デザイナーが怪獣を生み出す時に描いたスケッチも何枚かあった。

「いったい、どうしてここまで……」

 使命感で集めているのはわかっていた。しかし、どうしてここまで、と最後は呆れてしまう。そして人間は奥深いなあと感嘆してしまう。

 そうさせてしまう北原さんは、やっぱりとてつもない人だ。

(080928 第69回  写真は入口付近にあるポスター )

 

 

Profile

高久多美男

高久 多美男

(撮影:森 日出夫)

●1959年生まれ

●1987年、広告の企画・制作を営む株式会社コンパス・ポイントを設立

●2009年、『Japanist』を編集・発行するジャパニスト株式会社を設立(2019年1月、刊行終了)

●「遊び、学び、仕事は皆同じ」がモットー。すべからく本質を求める

■本は永遠の師匠

19世紀フランス文学から20世紀アメリカ文学、さらには現代日本文学。歴史(特に日本近代史)、あらゆる生活・芸術分野から政治・経済の分野まで、本には強いな愛着を示す

■No Music, No Life

あらゆるクラシック音楽と1950年代以降のジャズ、R&B、60年代以降のロック、ワールドミュージックなど、とにかく雑食

■生涯、美を求めたい

桃山から江戸にかけての日本美術、岡倉天心一派以降の近代絵画を特に好む。ヨーロッパの近代絵画など、こちらも雑食

■敬愛する歴史上の人物

尊敬する人物は大久保利通。ほかに幕末から明治にかけて活躍した男たち。戦国武将では武田信玄、戦後の政治家では岸信介

■思索の遊び

禅、儒学、老荘思想、マキャヴェリズムを組み合わせながら、独自の思想を構築中

■いやなもの

共産主義や日教組などの極端な左翼思想(極端な右翼も嫌い)、地球市民幻想、新興宗教

■その他

日常的に走る他、毎年夏、山に登る。体型はずっと変わらず。便利なことよりも美しさに価値を見いだす

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