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名古屋と熱田神宮

2016.05.28

信長塀 名古屋へ行った。

 のには、わけがある。
 以前も書いたが、ひとり娘が就職し、名古屋勤務になった。とりあえず、どんなところで暮らしているのか、検分しておくのは親の務めだろうと思い、妻と出かけたのである。
 名古屋……。いままであまり縁はなかった。20代から30代にかけて、私はドラゴンズファンだったが、いまはそうではない。
 名古屋はひとことで言えば、日本の都市の中では、最もアメリカに近いと思う。経済合理性がかなり優先されている都市のように見受けられる。「いや、そんなことはないよ」と反論もあろうが、私はそう感じる。少なくとも、前回書いた鹿児島市とは都市の作り方が根本的に異なっている。
 道路が広い。人も車も多い。鉄道の路線も多い。経済的に活発な印象がある。
 しかし、歴史や情緒はあまり感じられない。中心部に大きな公園がない(実際はあるのかも)。歴史的な建造物もあまりない(ようだ)。
 名古屋城は有名だが、城のあり方として、あまり褒められたものではない。住民が誇りをもって大切にしていると感じられないのだ。というのも、十数年前に訪れた時、内部がひどく汚れていて、ガッカリした記憶があるからだ。
 いろいろ調べたあげく、名古屋にほど近い熱田神宮を訪れた。伊勢神宮に次いで、由緒ある社らしい。
 さすがは由緒ある社だけあって、森が鬱蒼とし、独特の空気を湛えていた。信長が寄進したという信長塀もあった。当日は汗ばむ陽気だったが、森の中はひんやりとしている。
南極観測船ふじ 社を後にしてから、名古屋港水族館へ行った。なにを隠そう、私は水族館が好きなのだ。さまざまな形をした魚を見ていると、われを忘れてしまう。
 水族館の前に、南極観測船ふじが展示されていた。子供の頃、ニュースでよく見た姿だ。
 娘が住んでいる間は、ときどき名古屋へ行くことになるのだろう。
 こういう形で家族が再会するのも、また妙な味わいがある。
(160528 第639回 写真上は熱田神宮の信長塀、下は南極観測船ふじ)

Profile

高久多美男

高久 多美男

(撮影:森 日出夫)

●1959年生まれ

●1987年、広告の企画・制作を営む株式会社コンパス・ポイントを設立

●2009年、『Japanist』を編集・発行するジャパニスト株式会社を設立(2019年1月、刊行終了)

●「遊び、学び、仕事は皆同じ」がモットー。すべからく本質を求める

■本は永遠の師匠

19世紀フランス文学から20世紀アメリカ文学、さらには現代日本文学。歴史(特に日本近代史)、あらゆる生活・芸術分野から政治・経済の分野まで、本には強いな愛着を示す

■No Music, No Life

あらゆるクラシック音楽と1950年代以降のジャズ、R&B、60年代以降のロック、ワールドミュージックなど、とにかく雑食

■生涯、美を求めたい

桃山から江戸にかけての日本美術、岡倉天心一派以降の近代絵画を特に好む。ヨーロッパの近代絵画など、こちらも雑食

■敬愛する歴史上の人物

尊敬する人物は大久保利通。ほかに幕末から明治にかけて活躍した男たち。戦国武将では武田信玄、戦後の政治家では岸信介

■思索の遊び

禅、儒学、老荘思想、マキャヴェリズムを組み合わせながら、独自の思想を構築中

■いやなもの

共産主義や日教組などの極端な左翼思想(極端な右翼も嫌い)、地球市民幻想、新興宗教

■その他

日常的に走る他、毎年夏、山に登る。体型はずっと変わらず。便利なことよりも美しさに価値を見いだす

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