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北穂高岳、2度目の挑戦

2008.08.05

 昨年の今頃、このブログで書いた。「退却する勇気」が大切だと。

 でも、こんなことを書くのは無責任のようだが、あれは負け惜しみで仕方なく書いたのだ。せっかく涸沢までたどり着いたのに、いざ北穂高へ目指そうという時になって台風の影響でガスッてきた。そして、泣く泣く、登頂を断念し、下山したのであった。だから、勇気でもなんでもなかった。第一、無謀なリスクを冒す勇気は、私にはない。

 リベンジとばかり、今年も同じコースを行った。

 なぜ北穂高?

 それは、頂上から見る槍ヶ岳の姿があまりにも美しいと、カズさん(前回のこのブログ参照)から聞いたからである。いまや風景フェチとなっている私にとって、そんな美味しい話を聞いてはじっとしていられない。絶対にこの目で見るまで、しつこく挑戦し続けたいと思っていたのである。

 日頃の行いが格別にいいためか、絶好の登山日和に恵まれた。朝6時に涸沢ヒュッテを出発し、北穂高へ向かった。

 コースは予想以上にハードだった。正直、もっと軽く考えていたのだ。なにしろ、涸沢ヒュッテから頂上が見える。しかし、勾配がハンパじゃなかった。今年もすでに3人が滑落して死んでいるという。

 行けども行けども急勾配の上り坂が続く。1時間も登り続けると、「もういいかげんにしろよ!」と山に向かって叫びたくなった。

「そんなに上り坂ばかりで、いったい何が楽しいんだ?」

 しかし、山は答えない。山だって、好きで急勾配になっているわけではないのだ。

 岩盤にへばりつきながら登ったり、ロープを頼りに登ったり……。途中、立ち止まっては下界に見える涸沢ヒュッテの大きさがあまり変化しないことに愕然としたり。それでも、2時間35分後に頂上にたどり着いた。

 そこで、カシャと撮ったのが右上の写真。四方、山々に囲まれている中にあって、たしかに槍ヶ岳だけが特別の存在感を示していた。2年前に登った槍ヶ岳が眼前に屹立していて、見た瞬間、圧倒的な満足感に浸った。こういう充足感って、一度味わったら必ず病みつきになる。

 下りも難儀だった。もっと楽かと思ったが、夕方6時に宿に着くまで、文字通りフラフラしながら歩いていた。それでもへこたれなかったのは、自然の中だったからだ。疲労困憊の状態で何時間も都会の雑踏を歩くことはできないだろう。川のせせらぎや小鳥のさえずりを聞き、爽やかな風を感じながら歩いたからこそ目的地までたどり着くことができたのだ。そう考えると、自然はやはりありがたい。人間に大きなパワーを授けてくれる。

 翌日は、昨年と同様、松本市内で1泊した。松本は歴史がある街で、美味しいレストランもある。山を下りた後に訪れる街として、申し分ない。

(080805 第62回)

 

 

Profile

高久多美男

高久 多美男

(撮影:森 日出夫)

●1959年生まれ

●1987年、広告の企画・制作を営む株式会社コンパス・ポイントを設立

●2009年、『Japanist』を編集・発行するジャパニスト株式会社を設立(2019年1月、刊行終了)

●「遊び、学び、仕事は皆同じ」がモットー。すべからく本質を求める

■本は永遠の師匠

19世紀フランス文学から20世紀アメリカ文学、さらには現代日本文学。歴史(特に日本近代史)、あらゆる生活・芸術分野から政治・経済の分野まで、本には強いな愛着を示す

■No Music, No Life

あらゆるクラシック音楽と1950年代以降のジャズ、R&B、60年代以降のロック、ワールドミュージックなど、とにかく雑食

■生涯、美を求めたい

桃山から江戸にかけての日本美術、岡倉天心一派以降の近代絵画を特に好む。ヨーロッパの近代絵画など、こちらも雑食

■敬愛する歴史上の人物

尊敬する人物は大久保利通。ほかに幕末から明治にかけて活躍した男たち。戦国武将では武田信玄、戦後の政治家では岸信介

■思索の遊び

禅、儒学、老荘思想、マキャヴェリズムを組み合わせながら、独自の思想を構築中

■いやなもの

共産主義や日教組などの極端な左翼思想(極端な右翼も嫌い)、地球市民幻想、新興宗教

■その他

日常的に走る他、毎年夏、山に登る。体型はずっと変わらず。便利なことよりも美しさに価値を見いだす

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