多樂スパイス

草木の精

2013.04.19

プリント 高知へ行ったおり、牧野富太郎記念館を訪れた。

 広大な山林に囲まれた、モダンな建物である。

 当日は冷たい雨が降っていて、人影もまばらだったが、それだけに静寂が身にしみた。歩くときに自分の足が地面を踏む音が聞こえるというのは、じつに心地いい。コンクリートであればコツコツ、砂利道であればザラッザラッ、土であればサクッサクッという音。歩く音は静寂を際立たせる。

 まず、入り口近くで、牧野富太郎を解説したビデオ映像に感嘆した。右にあるように、「私は植物の愛人としてこの世に生まれて来た様に感じます。或いは草木の精かも知れんと自分で自分を疑います」とある。草の上に腰をおろし、両手を合わせてじっと祈る牧野博士の写真がなんともいえない。

 「人間は植物を神様だと尊崇し礼拝しそれに感謝の真心を捧ぐべきである」という言葉もある。

 我が意を得たりというか、100%同意する。

 牧野富太郎は小学校中退でありながら理学博士の学位を得、50万点もの標本や観察記録、多数の新種を発見・命名し、「日本植物学の父」とも称されている。偉大な功績を称え、彼が生まれた5月22日は「植物学の日」に制定されている。

 ろくに教育を受けなかった牧野博士が、なぜ、エリートたちがなしえなかったことをやってのけたのか。それは上記の言葉のように、自分が植物になりきっていたからだろう。生活のすべてを植物観察に費やしたため、赤貧洗うが如しだったという。が、たくさんの子どもをかかえ、妻もそれに耐えた。

牧野富太郎 展示コーナーのなかに、実物大のジオラマがあった。牧野博士が研究に打ち込んでいる姿である。部屋のなかにうずたかく積まれた文献や新聞に囲まれ、目の前の植物をじっと観察している。ジオラマなのに、気魄や歓喜が伝わってくる。

 ひとつのことに熱中し、それを生涯やり遂げる。そうできれば、誰もがなんらかの成果を残すことができるのだろう。

 ただ、打ち込むべきことに出会うか否か。それが問題だ。

 それは放っておいて見つかるものではない。自ら求めなければ……。

(130419 第417回)

 

Profile

高久多美男

高久 多美男

(撮影:森 日出夫)

●1959年生まれ

●1987年、広告の企画・制作を営む株式会社コンパス・ポイントを設立

●2009年、『Japanist』を編集・発行するジャパニスト株式会社を設立(2019年1月、刊行終了)

●「遊び、学び、仕事は皆同じ」がモットー。すべからく本質を求める

■本は永遠の師匠

19世紀フランス文学から20世紀アメリカ文学、さらには現代日本文学。歴史(特に日本近代史)、あらゆる生活・芸術分野から政治・経済の分野まで、本には強いな愛着を示す

■No Music, No Life

あらゆるクラシック音楽と1950年代以降のジャズ、R&B、60年代以降のロック、ワールドミュージックなど、とにかく雑食

■生涯、美を求めたい

桃山から江戸にかけての日本美術、岡倉天心一派以降の近代絵画を特に好む。ヨーロッパの近代絵画など、こちらも雑食

■敬愛する歴史上の人物

尊敬する人物は大久保利通。ほかに幕末から明治にかけて活躍した男たち。戦国武将では武田信玄、戦後の政治家では岸信介

■思索の遊び

禅、儒学、老荘思想、マキャヴェリズムを組み合わせながら、独自の思想を構築中

■いやなもの

共産主義や日教組などの極端な左翼思想(極端な右翼も嫌い)、地球市民幻想、新興宗教

■その他

日常的に走る他、毎年夏、山に登る。体型はずっと変わらず。便利なことよりも美しさに価値を見いだす

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