知的で冷静なリーダー、マーク・カーニー
以前、本コラムでカナダのカーニー首相を取り上げたが(「四十過ぎたら顔が名刺」)、ふたたび彼の話題を。
1月20日のダボス会議において、カーニー氏は基調演説で、「世界秩序は断裂しており、全体の利益のために適切な同盟関係を通じて団結する責務が各国にはある」と主張し、アメリカから自立すべきだと訴えた。アメリカという名前は出さなかったが、「超大国」「覇権国」という言葉を聞けば、すぐにアメリカだとわかる。
落ち着いたスピーチは、まさにジェントルマンそのもの。もう一人、演説をした男がいたが、こちらは下品の極み。同じ人間で、どうしてこうも差が出るのだろう。
人物の大きさや品性では問題にならないと見せつけられ、アタマに来たトランプ氏は、カーニー氏に対して「平和評議会への招待を取り消す」と発表した。トランプはこの世界評議会なるものの議長に就任するようだが、この評議会のエンブレムには北米大陸と中南米しか描かれていない。ふざけた話である。
トランプの狂乱ぶりは日毎に増している。世界の国々が議論を重ね、互いの溝を少しずつ埋めながら築き上げた条約や機構をいとも簡単に壊し続けている。「国際法など関係ない、基準となるのは自分の道徳観のみだ」と嘯く。彼のアタマにあるのはカネと自分の名誉だけで、道徳観などみじんもない。
それにしても、カーニー氏を称えるだけでは、いかにも惨めである。自分が日本人であることを誇りに思えない。日本の指導者は、カーニー氏やマクロン仏大統領のように正論を言うことはできない。自国の安全保障を担ってもらっているのだから。
しかし、日本が有事の際に、トランプのアメリカ政権が日本を守ってくれるかは大いに疑問だ。中国が「大金を出すから日本への侵略を見過ごしてほしい」とトランプに掛け合えば、彼はそれを呑むだろう。自分たちで守ろうという気概のない国を、なぜわれわれが守らなければならないのだ、と。
衆院選は、どの党もバラ撒きに重点を置いている。国民がそういうレベルだから。しかし、安全保障に責任をもっているかどうかを見極める機会でもある。そういう意味では、高市首相はリーダーの責任感があるようだ。
「話し合えばわかる」はいかにも聞こえがいいが、中国やロシア、北朝鮮といった国々が、備えをしない国(日本)に対して、話し合いの席に着くはずがない。ありもしないことを期待して備えを怠ろうとするのは、国民の命を軽視していることに他ならない。
いま、日本人に必要なのは、カーニー氏のような、知的で冷静な痩せ我慢ではないだろうか。
260125 第1305回)
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