死ぬまでに読むべき300冊の本
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素敵な人の、素敵な本

file.051『恋慕渇仰』緒形拳 東京書籍

 

 緒形拳という俳優に惹かれていた。今村昌平の監督作品『楢山節考』での迫真の演技は今でも脳裡にこびりついている。

 表情に品があり、どことなく恥ずかしそうにしたり、抑制されたたしなみが感じられた。かといって、ただの堅物とは思えなかった。むしろ、人生を楽しんでいるオーラを感じた。

 ウィキペディアに次のようなエピソードが載っていた。

 

 ある時、親友の津川雅彦から若い女性との合コンに誘われた際、参加するかしないかを真剣に悩み迷った末に「雅彦、オレやっぱりどうしても行くことができない」と思いつめたような声で断りの連絡をしたという。それを聞いた津川からは、「お前がそのことで悩んだのは大きな進歩だ」(=参加しないと思っていたが、悩んでくれただけでも大したものだ)と言われるほどだった。

 

 わかるわかる、その気持ち。なにを隠そう、私も同類である。ホステスが隣につくナイトクラブなど、頼まれても行きたくない。まったく楽しいと思えない。逆に〝ガマン料〟をもらいたいくらいだ。

 緒形拳は楽しいことをたくさん知っていた。だから、そういうところに行く必要がなかった。私の知人を見てもわかるが、そういう場所へ足繁く通う人は、寂しがり屋で没頭できるようなことをもっていない人が大半だ。

 なぜ、緒形拳はそういう人なのかと知ったのかといえば、今回紹介する本書を読んだからである。エッセイや自作の詩が自筆で添えられ、巻末は自作の書、そして巻頭にはロベール・ドアノーが撮った緒形拳のポートレートが何枚か掲載されている。表紙のカバーをはずすと鮮やかな赤が現れるという装丁で、一冊まるごと風雅なのだ。

 緒形拳がロベール・ドアノーに写真を撮ってもらいたくて、本人に直接こんな手紙を送った。ちなみに、ロベール・ドアノーは「市役所前のキス」などで有名なフランスの写真家で、外国人は撮らないという人だった。

 ――ひとりの日本人の内側に血を通わせてください。俳優ですが、詩を書いたり、やきものをつくったり、字を筆で書く東洋の古典美術も好きです。了承してくださったら胸踊らせて巴里へ行きます。

 

 なんと、ドアノーから快諾の返事がきた。なにか心が通じ合うものがあったのだろう。その後、ふたりの温かい交誼は続く。味わいのある男と男のそれは、読んでいて胸がほっこりする。

 滋味のある人柄からか、多分野にわたって幅広い交友があった。池波正太郎や奥村土牛も緒形拳と深く関わった人である。

 どうして緒形拳は豊かな感性を持ちえたのか。俳優業といえば、華やかだが軽い人というイメージがある。勘違いしている人も少なくないようだ。しかし、緒方は毅然と一線を画していた。

 おそらく、生まれながらの感性と幼少の頃の環境がそうさせたにちがいない。

 彼は5歳の時、母に連れられて行った下落合の寺で、扁額の書を見て動けなくなってしまったと書いている。「妙」という字だった。5歳の子供に「妙」が読めるはずがない。それなのに電気で打たれたような感動を覚えたという。彼は終生、そのような感性を失わないような生き方を貫いたのだろう。

 素敵な人の、素敵な本である。

 

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Profile

髙久多美男

髙久多美男

(撮影:森 日出夫)

●1959年生まれ

●1987年、広告の企画・制作を営む株式会社コンパス・ポイントを設立

●2009年、『Japanist』を編集・発行するジャパニスト株式会社を設立(2019年1月、刊行終了)

●「遊び、学び、仕事は皆同じ」がモットー。すべからく本質を求める

■本は永遠の師匠

19世紀フランス文学から20世紀アメリカ文学、さらには現代日本文学。歴史(特に日本近代史)、あらゆる生活・芸術分野から政治・経済の分野まで、本には強いな愛着を示す

■No Music, No Life

あらゆるクラシック音楽と1950年代以降のジャズ、R&B、60年代以降のロック、ワールドミュージックなど、とにかく雑食

■生涯、美を求めたい

桃山から江戸にかけての日本美術、岡倉天心一派以降の近代絵画を特に好む。ヨーロッパの近代絵画など、こちらも雑食

■敬愛する歴史上の人物

尊敬する人物は大久保利通。ほかに幕末から明治にかけて活躍した男たち。戦国武将では武田信玄、戦後の政治家では岸信介

■思索の遊び

禅、儒学、老荘思想、マキャヴェリズムを組み合わせながら、独自の思想を構築中

■いやなもの

共産主義や日教組などの極端な左翼思想(極端な右翼も嫌い)、地球市民幻想、新興宗教

■その他

日常的に走る他、毎年夏、山に登る。体型はずっと変わらず。便利なことよりも美しさに価値を見いだす

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