死ぬまでに読むべき300冊の本
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地に足をつけて生きるということ

file.036『颶風の王』川﨑秋子 角川書店

 

 10年にひとりの才能と言っていいだろう。あらゆるものがふわふわと実態を失っていくなか、大地にしっかりと根をおろし、「生きる」「生き延びる」「生き抜く」という、生き物にとって根源的なテーマに真っ向から挑んでいる。「ハッピーエンドの物語は信じない」と著者は言うが、圧倒的な説得力をもって迫ってくる言葉だ。

 この物語を貫く時間軸は、明治・昭和・平成と長い。それぞれに血のつながった主人公がいて、それぞれ馬との関わりがある。舞台は東北から北海道と狭いが、時空間が飛び抜けて長いところが特徴だ。

 

 時代は明治。冒頭は捨蔵という18歳の青年が、北海道開拓に志願して福島の村を出ていくところから始まる。

 捨蔵には母親ミネがいる。ミネは、村を出ていく息子にある〝書物〟を持たせる。自分で手書きした自分の物語がそこに書かれている。捨蔵はそれを読み、母の数奇な運命を知る。そして自分が馬によって生かされたことも。

 ミネは若い時分、村の青年と駆け落ちし、アオという馬に乗って逃げ延びる際、雪崩に遭い、雪洞に閉じ込められてしまう。一ヶ月後に救助されるが、生きている愛馬の肉を食べ、命をつないだ様子が記されている。雪洞に閉じ込められれば、人間も馬もない。生き物同士だ。やがてアオは観念し、自らの肉を食べられるままにする。この描写は凄まじいのひとこと。日本文学史に残る迫真の描写と言っていい。

 時代は昭和へと移る。北海道・根室で生活の場を得た捨蔵は、厳しい環境にあって馬を飼育し、一家を養っていた。息子は戦死したが、その娘・和子が跡継ぎとして懸命に働いている。

 しかし、物語は滑らかではない。近隣の花島での使役のためにと貸し出していた数等の馬が、台風による崖の崩落によって戻って来られなくなる(その島は現在「ユルリ島」という名で存在している。興味のある方は検索を)。

 一家の収入源を失った捨蔵は、失意のうちに十勝へと流れて行く。

 第3章は時代が下って平成の世。重厚な筆致が、風通しのいい軽妙な筆致に変わるところがすでに手練である。

 この章は、和子の孫ひかるが主人公だ。ひかるの祖母は脳障害を患ってから、頻繁に馬のことを口にする。それを聞いたひかるは、はるか昔、一族が馬によって助けられたことを思い出す。そして、花島へ行って自分の子孫を助けた馬の子孫に会いたいと願う。

 大学の〝馬研〟に頼み、島へ渡ったひかりは、その島でたった一頭、生き延びている馬に会う。なんとかして連れ戻したいと意気込んで乗り込んだひかるだが、その馬にとっては、その地で粛々と命をまっとうすることが生きることなのだ、と悟る。そこでの馬との交感もまた名筆だ。

 本書は、三浦綾子のデビュー作『氷点』の50周年を記念して、1回限りで行われた「三浦綾子文学賞」の受賞作。2作目の『肉弾』は大藪春彦賞を受賞している。この作品も、大自然を舞台に「生きるとは」というテーマにがっぷり四つに組んでいる。

 まだ40歳、羊飼いを辞めて、作家業に専念するというが、とんでもない逸材の出現である。

 

Profile

高久多美男

高久 多美男

(撮影:森 日出夫)

●1959年生まれ

●1987年、広告の企画・制作を営む株式会社コンパス・ポイントを設立

●2009年、『Japanist』を編集・発行するジャパニスト株式会社を設立(2019年1月、刊行終了)

●「遊び、学び、仕事は皆同じ」がモットー。すべからく本質を求める

■本は永遠の師匠

19世紀フランス文学から20世紀アメリカ文学、さらには現代日本文学。歴史(特に日本近代史)、あらゆる生活・芸術分野から政治・経済の分野まで、本には強いな愛着を示す

■No Music, No Life

あらゆるクラシック音楽と1950年代以降のジャズ、R&B、60年代以降のロック、ワールドミュージックなど、とにかく雑食

■生涯、美を求めたい

桃山から江戸にかけての日本美術、岡倉天心一派以降の近代絵画を特に好む。ヨーロッパの近代絵画など、こちらも雑食

■敬愛する歴史上の人物

尊敬する人物は大久保利通。ほかに幕末から明治にかけて活躍した男たち。戦国武将では武田信玄、戦後の政治家では岸信介

■思索の遊び

禅、儒学、老荘思想、マキャヴェリズムを組み合わせながら、独自の思想を構築中

■いやなもの

共産主義や日教組などの極端な左翼思想(極端な右翼も嫌い)、地球市民幻想、新興宗教

■その他

日常的に走る他、毎年夏、山に登る。体型はずっと変わらず。便利なことよりも美しさに価値を見いだす

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