死ぬまでに読むべき300冊の本
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凄みのある知性と、それに食らいつく学生たち

file.005『学生との対話 小林秀雄』国民文化研究会/新潮社編 新潮文庫

 夜盗に入った下手人に組み敷かれ、ナイフを喉元に突きつけられても冷静さを失わずに説教し、改心した男が後日、菓子折りを持って小林秀雄のもとを再び訪ねたというエピソードがあるが、この本を読むと、「なるほど」と納得できる。胆力の人である。

 小林は昭和36年から53年の間に5回、九州を訪れ、学生たちに講義をし、対話を重ねた。その時の問答が中心となって本書は構成されている。

「左翼だとか右翼だとか、保守だとか革新だとか、日本を愛するのなら、どうしてあんなに徒党を組むのですか。日本を愛する会なんて、すぐにこさえたがる。無意味です。なぜかというと、日本というのは僕の心の中にある。諸君の心の中にある。会を作っても、それが育つわけはないからです」

 小林は、学生たちを鼓舞し、けしかける。つまらない質問が来ると、怒る。いい質問ができるということは、それだけでかなりの理解に達しているという。不機嫌(そう)な小林を前にして、学生たちも怯まない。愚問から賢い質問まで、百様繰り出される。それらに小林は真摯に答える。つまらないものはつまらない、と。そして、こう言う。

「物を本当に知るのは科学ではない。物の法則を知るのが科学です。科学は、本当に物を知る道ではなく、いかに能率的に生活すべきか、行動すべきか、そういう便利な法則を見出す学問なのです。それを見誤ると、科学さえやっていれば物を知ることができると思ってしまう。(略)認識することは僕らの生活を楽にすること。決して便利にはしてくれない。だけど、僕らの生活を生活しがいのあるものにするのは、認識だ」

「歴史は上手に『思い出す』ことなのです。歴史を知るというのは、古えの手ぶり口ぶりが見えたり聞こえたりするような、想像上の経験をいうのです。歴史とはみんなが信じたものです。昔の人が信じたとおりに信じることができなければ、歴史なんて読まないほうがいい。現代の人がある史料を通じて過去に生きることができるなら、その人は歴史家と呼べるものです。それに比べて、考古学的歴史というのは、実に空虚なものだ。昔は『増鏡』とか『今鏡』とか、歴史のことを鏡と言った。鏡の中には、自分が映るのです。歴史を読んで、自己を発見できないような歴史では駄目です」

 歴史に対する認識ひとつとっても、凄まじいものがある。真剣に考え、真剣に生きた証だ。

 抜書きしたい小林の言葉がたくさんある。このきらめきをどう受け止めるか。実践的な学び、それが問答であることを本書は十全に示している。

 

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