ひとつの生命はあらゆる生命とつながっている
本サイトのコラム「ちからのある言葉」で生命誌研究者・中村桂子さんの下記の言葉を紹介している。
――研究館を始めてから、考える物差しは「美しき生きる」と決めています。美しくないことはしない。行きすぎた科学の研究もそのひとつです。科学技術で人を変えるよりも、ひとつの生命を大切にすること。その存在を楽しむことのできる社会をつくることが、人間のできる、筋の通った生き方だと思うのです。
中村さんは大学時代、化学を志していたが、DNAについて書かれた原書を先輩たちと読んだことがきっかけで生物学に転向する。
しかし女児を出産し、その成長を間近で見るうち、DNAの反応として見ている世界と、娘が成長していく世界があまりにかけ離れていると気づく。そして、生命というものを全体で見なくてはならない、日常で暮らす社会のなかで生命をとらえなければ意味がないと考え、「生命誌(バイオヒストリー)」を提唱する。本書の趣旨は、タイトルの通り、生命誌とは何かを解説したものである。
この本には生物学やDNAに関する専門的な記述が多い。理解しようと懸命に熟読・再読しても、しょせん基礎知識のない者に理解できるはずがない。そこで読み方を変えた。専門的なことは流し読みでいい。随所に散りばめられた本質的な記述を理解しようとすればいい、と。たとえば、
――あなたのゲノムには、生命誕生以来の長い歴史(38億年以上とされる)が書き込まれているのです。ゲノムを知ることはその歴史を知ることになります。それが生命誌(バイオヒストリー)です。
――私たちは自分にこだわりすぎて、広い視野に欠けるところがよくあります。DNA(遺伝子)に注目することによって、40億年近い昔から続いているものが今私の中にあること、地球上の他の生きものたちとそれを共有していることを意識し、長い時間、広い空間の中に自分を置いて、大らかになるのはよいことです。
――生物を考える時に全体性ほど重要な視点はないといってよいでしょう。科学がなんとなくうさん臭い目で見られるのは、本来全体として存在しているはずの部分を切りとり、分析、還元に専念しているように見えるからだと思います。
――生物全体から見ると、老いた個体を除くことは重要かもしれません。
ほかにも紹介したい記述はたくさんあるが、このへんで。
ひとついえることは、中村さんが「万物斉同」という老荘思想の観点で生命を見る目を持っていること。もちろん、学者なのだから観念で終わっているはずがない。ものごとを複眼で見ることの大切さをあらためて認識させてくれる好書である。
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