死ぬまでに読むべき300冊の本
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紺碧の将

成功と衰退の分水嶺

file.129『平家物語』市古貞次(校訂・訳) 小学館

 

 だれもがこの作品の冒頭を一度は口ずさんだにちがいない。

 ――祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理ことわりをあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。猛たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵におなじ――。

 

 音韻が耳に心地よく、日本人の心性の根本ともなっている無常観が込められている。しかし、これほどの名文でありながら、作者がわかっていない。そこがミステリアスでもある。

 諸説ある。『平家物語』についての最古の記述は、鎌倉末期に吉田兼好が書いた『徒然草』のなかにある。信濃前司行長なる人物が平家物語の作者であり、生仏という盲目の僧に教えて語り手にしたと書かれている。

『平家物語』には盲目の僧・琵琶法師が各地を巡って口承で伝承してきた語り本に属するものと読み物として書かれた系統のものがあり、壇ノ浦での平家滅亡までを描いた十二巻本と、その後出家した建礼門院について書かれた「灌頂巻」がある。写本がいくつもあることでもわかるように、いろいろな人の手を経ながら、この物語そのものが変化してきたのではないかと考えられる。まるで生き物のように。

 とにかく長い。……と感じる。実際は約9万字。400字詰原稿用紙換算で225枚程度だから、けっして長編ではないが、ゆっくり読むことを前提にしているからか、かなり長いと感じてしまう。

 本コラムで紹介する『平家物語』は、抄訳である。詳しく数えていなが、記載されているのは全体の40%程度であろうか。抜粋した原文と現代語訳に若干の説明が加えられている。

 この作品の特徴は、エピソードごとに分かれているということ。まるで紙芝居をつないだかのようだ。琵琶法師が語れるよう、工夫したのだろう。琵琶法師がベンベンと琵琶をかき鳴らしながら栄華を極めた平家が没落するプロセスを聞いたら、さぞや面白いだろう。人間は、栄華を極めた人が没落していく様子を見るのが好きなのだ。壇ノ浦の戦いは、極上の「他人の不幸は蜜の味」ともいえる。

 

 この物語のテーマは、「隆盛を極めた人もやがては驕るようになり、滅びの道を歩んでいく」ということだろう。ということは、それを理解し、そうならないよう努めれば、栄華が長く続くこともあるということでもある。

 そのためには留意すべきことがふたつあると思う。

 ひとつは、驕らないよう、自分を律すること。もともと田舎の武士に過ぎなかった平氏だが、やがて「平氏にあらずば人にあらず」とのたまうほど増長した。このときすでに、破滅へ至る道は開かれてしまった。

 こんな話を聞いたことがある。初めて国会議員に当選すると、鉄道パスに感激するという。新幹線のグリーン車も乗り放題。すべて税金でまかなわれる。なんとありがたいことか、世のため人のため力を尽くすぞと思いを新たにする。しかし、いつしか鉄道パスは「あたりまえ」になり、そのうち、下車した駅で歓迎されないのは「けしからん」となる。会社経営においても同じことが言える。少し業績が上がると、すぐに驕慢になってしまう。

 それは神様が作った落とし穴でもあろう。つまり、いい結果が出るということは、試されているということでもある。自分を戒めているつもりでも、そういう落とし穴ができてしまうのだ。平家の場合、それがあまりにもひどかった。

 もうひとつの秘訣は、衰退への兆しを見過ごさないということ。「老子」に次のような言葉がある。

 ――天下の難事は、必ず易きより作り、天下の大事は、必ず細より作る――

 いきなり破滅するわけではないということ。そうなるには、必ず小さな兆しがある。それを注意深く見極め、早めに対処すれば、問題は簡単に解決してしまう。しかし、兆しを見ようとせず、目の前の栄華に惑わされれば、やがて「難事や大事」は手のつけられないほど大きくなり、「やばい」と思ったときにはすでに遅しというわけだ。

『平家物語』にも、そのような兆しがいたるところに散りばめられている。もしかすると、頼朝は平氏の凋落を反面教師としたのかもしれない。だから、ちょっとした兆しを摘もうとして平氏打倒の功績があった弟をふたりとも殺してしまった。それが3代で終わった源氏政権の原因になっているのではないか。

 成功と衰退。なぜそうなるのかを考えるうえで、これほど適したテキストもあるまい。

 

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