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本物の真髄(電子版)

利休の逆クロニクルと純愛

file.105『利休にたずねよ』山本兼一 PHP研究所

 

 意表をつく構成が、本書の最大の魅力だ。冒頭で利休が切腹する日を皮切りに、章ごとに時間を遡っていくという構成。作者の用意した道筋に従って利休の生涯を逆方向からたどっていくと、利休の秘めた恋が露わになる。いわば利休の逆クロニクルという体裁をとった、純愛物語でもある。

 新しい利休像である。究極の美を追い求め、侘茶を大成させ、枯淡の境地に至った茶人というだけではなく、ひとりの女性を死ぬまで思い続けた純な男として描かれている。

 利休はその女性と、19歳のときに出会った。高貴な血を引く、美しい高麗の娘である。わけあって一緒に逃げる途中、利休はやむなくその女を死なせてしまった。そして、その女の形見となった緑釉の香合を肌身離さず愛で続けた。

 けっして茶席にそれを用いることはなかったが、ある野点の際、その香合を秀吉に見られてしまう。この物語においては、その瞬間こそがのちに切腹させられることになる端緒であろう。秀吉は粗野な田舎者にはちがいないが、いい物を見分ける審美眼と人の心の底を見透かす鋭い直感力を持っている。

 すぐさま「わしにくれ。望みのままに金をわたそう」と利休に言い寄る。利休は、自分に茶の心を教えてくれた恩義ある人の形見と言って、どんなに金が積まれても首を縦にふらない。刹那、秀吉は利休の秘密を見据え、「女じゃな」と言う。

 その香合に対する執着を知って、秀吉と同じように利休の秘密を見透かしていた人物がもうひとりいる。妻の宗恩だ。彼女は、夫がいよいよ切腹する当日、それまで胸に秘めていた疑問を夫に突きつける。物語の第1章「死を賜る」は、そんな場面から始まる。

「あなた様には、ずっと想い人がございましたね」

 雨音にかき消されるほど小さな声でそう問う。

 利休は、心の裡を見透かされていたことに唖然としながら、平静を装って否定し、粛々と切腹の場に臨んでいく。

 最終章「夢のあとさき」は第1章の続きに戻る。宗恩は、切腹し果てた利休に純白の小袖をかける。それはたちまち血を吸って、白い絹に鮮血の赤が広がる。床には木槿(むくげ)と緑釉の香合が置いてある。木槿もまた、利休の想い人とつながる重要なファクターである。

 宗恩は、香合を石灯籠めがけて投げつける。それは、音をたてて粉々に砕ける。このプロローグとエピローグによって、それまでの利休と宗恩の心情が浮き彫りになるという仕掛けだ。

 その間の22章は、それぞれ異なる人の視点を借りて描写される。視座を提供する人は利休、秀吉、細川忠興、古溪宗陳、古田織部、家康、光成、ヴァリニャーノ、山上宗二、あめや長次郎、武野紹鴎など多彩な面々である。

 

 本書の魅力は、茶の湯に対して、いくつもの見方を提示していることでもある。もちろん筆頭は、精神修養としてのそれだが、例えば秀吉は、武辺好みの家風ゆえ茶の湯の魅力があまりわからないと言う上杉景勝に対して、こう言う。

「おぬしに五人の郎党がいるとせよ。五人のなかの二人だけ、狭い茶室に召して馳走し、上杉家伝来の名宝などを見せたとせよ。召された二人はどんな気持ちか? 召されなんだ三人は、なんと思う」

 それに対して、景勝は「召された二人はまことに誉れを感じ、召されなかった三人はそねみましょう。狭い茶室でなにを密談したかが気になりましょうな」と答える。

 秀吉は満足げに「さよう。人とは、そういうものよ」と言う。

 もちろん、利休はそんなふうに考えるはずがない。一服の茶のためなら、死をも厭わぬほどの思い入れがあるのだから。茶の湯そのものに対する見方も、人によってこれほど異なるということを作者は示している。

 目に見えないほど些細な違いも、やがて時が経るにしたがい、大きくなっていく。そして、天正19年(1591)2月28日へとつながっていく。

 おそらく、この世に恐れる者がいなくなった秀吉にとって、利休はどうしても越えられない高みにあったのだろう。この国のだれもが自分の命令に従うのに、利休めはどんなに財貨を積んでも香合ひとつ譲ろうとしない。秀吉は、自分になにが欠けているかを知っていたが、それを持っていたのがまさしく利休であった。自分が他人に劣っているなどと思いたくもない秀吉は、無理に利休の首根っこを押さえて従属させようとした。そのための口実が、大徳寺に安置された利休の木造は不敬であること、さらに茶道具を法外な高値で売っているという言いがかりだった。

 秀吉に検死役を命じられた蒔田淡路守は、利休から茶の手ほどきを受けた人物でもあるが、嘘でもよいから頭を下げる真似だけでもしてほしいと利休に建言する。しかし、返ってきた答えは、「この利休めにとっては、命より、茶が大事でござる」だった。その瞬間、秀吉は利休に敗北した。

 美に殉じた利休は、命と引き換えに、永遠にその名を残すこととなった。

 

 あはれなる老木の桜えだくちて

   ことしばかりのはなの一ふさ

 

 立ったまま短冊に書きつけ、宗恩に見せた歌が印象深い。

 

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