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「ねえ、ジャンケンしない?」

2010.08.09

 山に登り始めて、「山に神々が棲んでいる」と感じていたが、最近はまたちがう理解をしている。

 山ばかりではなく、地球、いや宇宙のすべてが神なのだ、と。東洋らしく「天」と言い換えた方がしっくりくるのかもしれない。とにかく、地球は生命体そのもので、そこに生えた毛のようなものが植物であり、われわれ人間も含め、動物たちはその植物たちに(つまり、地球という生命体に)生かされている、という感覚が増すばかりなのだ。

 どうしてそう思えるようになったのか、確かなことはわからない。ただ、気がついたらそういう確信を抱いていたのだ。

 

 毎年恒例の登山をしてきた。

 今回は南アルプスの仙丈ヶ岳。北アルプスの山々と比較すると穏やかな容貌をしており、「南アルプスの女王」とも呼ばれているらしい。

 標高3033メートル。けっして低くはないが、困難な山ではない。

 初日、北沢峠に着いた日、近くの山で滑落し、一人が亡くなったという知らせが入った。夕方になると、雨が降り始める。山の奥深くで雨や濃いガスに見舞われたら、危険だ。明日は晴れますように、と願いながら、7時半頃、床に就いた。

 翌朝は願いが叶い、スッキリ晴れた。5時15分、気合いもろとも出発する。

 日頃、ウォーキングをしているせいか、足取りが軽い。標準コースタイムより幾分早く、頂上に着いた。

 頂上から見る南アルプス一帯の景色は、まさに100万ドルの絶景だった。ところどころに雲海があり、その向こうに山々の嶺が聳える。真っ青な空に浮かぶ雲は、地上から見るそれとはちょっと異なり、ちぎれ方に法則性がない。地上に近い雲は密度が濃いので「雲らしい」が、その上に漂う雲は青空が透けており、白から青へ至るグラデーションがことのほか美しい。まさしく生命の徴だと感じた。

 この地球という生命体に生かされていることに感謝し、一人黙々と下山した。

 

 ところで、今回も同行したのは、今までに何度も私を散々な目に遭わせてくれた高久和男氏。

 今回は最初から別行動だったのでひどい目に遭わなかったが、ひとつだけ悔しい思いをしたので、後々の教訓とするため、ここに記すことにする。

 和男さんは知る人ぞ知る甘党である。初日、コンビニに立ち寄って、山で食べる甘いモノをたくさん買い込んでいた。しかし、あろうことか、それらを車の中に置き忘れてしまったのだ。

 それが発覚してからというもの、まるで全財産を失ったかのごとく悔やんでいたが、一瞬、目の色が変わったのがはっきりわかった。切れかけていた電球がいきなり光を取り戻したかのように。

 「そう言えば、キミもなんか買ったよね」

 いつもより早口にそう言ったのだった。

 「え、え、塩豆大福をひとつ」

 悪い予感がした。

 「ねえ、ジャンケンしない?」

 穏やかな口調でそういう言葉が発せられた。

 つまり、ジャンケンをして勝った方がその大福を食べることにしよう、というのだ。

 ええ、いいですよ、と答えたものの、もし私が勝ったら一生怨まれそうな勢いだったので、「じゃあ、あげますよ」と答えた。

 それを聞いた年長者の和男さんは、「じゃあ、キミに悪いから半分にしようか」と言ってくれると思いきや、「よーし、これで楽しみができたぞ」と満面に笑みを浮かべている。

 結局、1500人の従業員を抱える社長の言動とは思えない、プライドのかけらもない巧妙な駆け引きにより、塩豆大福一個をまきあげられてしまったのだ。

 

「ねえ、ジャンケンしない?」

 これは案外使えそうだ。

(100809 第184 写真は仙丈ヶ岳登頂直後の筆者、背後に雲海が見える)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Profile

高久多美男

高久 多美男

(撮影:森 日出夫)

●1959年生まれ

●1987年、広告の企画・制作を営む株式会社コンパス・ポイントを設立

●2009年、『Japanist』を編集・発行するジャパニスト株式会社を設立(2019年1月、刊行終了)

●「遊び、学び、仕事は皆同じ」がモットー。すべからく本質を求める

■本は永遠の師匠

19世紀フランス文学から20世紀アメリカ文学、さらには現代日本文学。歴史(特に日本近代史)、あらゆる生活・芸術分野から政治・経済の分野まで、本には強いな愛着を示す

■No Music, No Life

あらゆるクラシック音楽と1950年代以降のジャズ、R&B、60年代以降のロック、ワールドミュージックなど、とにかく雑食

■生涯、美を求めたい

桃山から江戸にかけての日本美術、岡倉天心一派以降の近代絵画を特に好む。ヨーロッパの近代絵画など、こちらも雑食

■敬愛する歴史上の人物

尊敬する人物は大久保利通。ほかに幕末から明治にかけて活躍した男たち。戦国武将では武田信玄、戦後の政治家では岸信介

■思索の遊び

禅、儒学、老荘思想、マキャヴェリズムを組み合わせながら、独自の思想を構築中

■いやなもの

共産主義や日教組などの極端な左翼思想(極端な右翼も嫌い)、地球市民幻想、新興宗教

■その他

日常的に走る他、毎年夏、山に登る。体型はずっと変わらず。便利なことよりも美しさに価値を見いだす

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