多樂スパイス

絶景と死

2015.08.06

奥穂高登頂 先週に続き、山に登った。

 今回は北アルプスは穂高連峰の雄・奥穂高岳(3,190メートル)である。富士山、北岳に次いで日本で3番目に高い山だ。
 信じられないほどの好天に恵まれた。山小屋を経営している人も、「こんなに絶好の天気が何日も続くのはめったにない」と言っていた。
 上高地から涸沢、そして登頂へと至る道筋のどこを見渡してもくっきりとした絶景の連続で、この世のものとは思えないほどだった。特に、拠点とした涸沢ヒュッテからの眺めは格別で、ビールを飲みながら、ただただネコのように周りを見渡し、「すごいなあ」と心のなかで何度もつぶやいた。この記憶は死ぬまで脳裡に焼きついているだろう。
 しかし、山は美しいばかりではない。今回、滑落した人を初めて見た。
 ザイテングラートという、巨大なモグラが土を盛り上げたようなところを歩いている時だった。誰かが、「あそこに人が倒れている」と言った。見ると、50メートルほど離れた岩場に男が倒れている。
 激しい息づかいが聞こえてきた。ヘルメットを被っていたのだろう、ヘルメットが数十メートル下に転がっていた。息を呑んで見守るなか、男はよろよろと動き、上半身を起こした。頭から血が流れていた。
 人づてて救援を呼んだ。おそらく命に別状はないだろうと思っていたが、その日の夕方、長野県警の人が、ザイテングラートで一人滑落死したと告げた。男は韓国人だったようだ。
 そのような光景を目の当たりにしたためか、足がすくんだ。
 奥穂高山荘からの急な登りは、正直、難所と言えた。クサリや梯子はいいとしても、岩の角にへばりついて登らなければならない場所が3ヶ所くらいあったのだ。3点確保をしながら慎重に登るが、ちょっとでも手か足をはずせば真っさかさまだ。下りる時は大丈夫だろうかと、帰りの心配をしながら登った。
穂高連峰 頂上は、まさしく神々の棲む世界だった。360度、見渡す限り、壮大な山々なのだ。絶景に酔いしれていると、20代半ばほどの女の子がひょっこり現れた。ロッククライミングの装備をしている。
 近くにいた男が驚きながら、言った。
「ジャンダルム(ロッククライマー憧れの岩山)へ登ったの?」
「はい」
「一人で?」
「はい」
「わー、すげぇ」
「毎週末、山に登っているんです」
「これからどこへ行くの?」
「上高地まで下ります」
「うわ〜、大変だね」
「そうですか?」
 涼しい顔だ。
 二人のやりとりから、交際している男はいないということや、以前山好きの男と交際していたが、いつも一緒に登らないといけないから不自由だったというようなことまで聞こえてきた。
「そりゃあ、あなたのような人について行ける男は滅多にいないだろうな」
 屈強そうな男がつぶやいた。
 近年、女性はたくましくなるばかりである。(次回に続く)
(150806 第569回 写真上は奥穂高岳山頂の高久。下は涸沢ヒュッテから眺める穂高連峰)

Profile

高久多美男

高久 多美男

(撮影:森 日出夫)

●1959年生まれ

●1987年、広告の企画・制作を営む株式会社コンパス・ポイントを設立

●2009年、『Japanist』を編集・発行するジャパニスト株式会社を設立(2019年1月、刊行終了)

●「遊び、学び、仕事は皆同じ」がモットー。すべからく本質を求める

■本は永遠の師匠

19世紀フランス文学から20世紀アメリカ文学、さらには現代日本文学。歴史(特に日本近代史)、あらゆる生活・芸術分野から政治・経済の分野まで、本には強いな愛着を示す

■No Music, No Life

あらゆるクラシック音楽と1950年代以降のジャズ、R&B、60年代以降のロック、ワールドミュージックなど、とにかく雑食

■生涯、美を求めたい

桃山から江戸にかけての日本美術、岡倉天心一派以降の近代絵画を特に好む。ヨーロッパの近代絵画など、こちらも雑食

■敬愛する歴史上の人物

尊敬する人物は大久保利通。ほかに幕末から明治にかけて活躍した男たち。戦国武将では武田信玄、戦後の政治家では岸信介

■思索の遊び

禅、儒学、老荘思想、マキャヴェリズムを組み合わせながら、独自の思想を構築中

■いやなもの

共産主義や日教組などの極端な左翼思想(極端な右翼も嫌い)、地球市民幻想、新興宗教

■その他

日常的に走る他、毎年夏、山に登る。体型はずっと変わらず。便利なことよりも美しさに価値を見いだす

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