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むごき、ひととせ

2013.02.06

大竹が眠る地 あの若人が夭折してから、もうすぐ1年になる。

 大竹智浩。

 享年28歳。ほんとうに有為の青年だった(このあたりの事情がわからない方は、このブログの2012年2月14日付、「早すぎる死」をご覧ください)。

 あの日の朝、大竹の母上から直接訃報をお聞きしたときの驚きは今でも忘れられない。一気に血が下がった。一方、電話口の向こうでは、じつに冷静沈着に我が子の死を伝えてくれている女性がいた。なるほど、あの母親にしてあの息子だったのか。そんな思いを、後になって抱いた。

 

 先日、彼の墓参をした。よく晴れた日だったが、なぜか不似合いな強風が吹いていた。大竹の心のざわめきのような気がした。

 そういえば、昨年秋に墓参したときは強い雨が降っていて、さながら大竹の涙のようでもあった。以前、彼の両親と墓参したことがあったので、どの墓かすぐにわかると思っていたが、それが甘かったことに気づいた。「大竹家之墓」と刻印された墓標がいくつもあったからだ。どこに大竹が眠っているのか、何度も調べたがついにわからず、だんだん雨脚が強くなってきたので記憶をたどって、「この辺かなあ」とあてずっぽうに花をたむけた。

 引き返そうとした刹那、「社長、そこじゃないですよ」という声が聞こえたような聞こえないような気がして(もちろん、気のせい)、もう一度戻ると、なぜか今度はすぐにわかった。

 かといって、一度、他の「大竹さん」にたむけた花を全部引き抜くのも気の毒だと思い、半分だけを抜いて大竹にたむけた。「ごめんよ、ごめんよ」と言いながら。

 それにしても、早すぎる死だった。平均寿命前後の方ならともかく、春秋に富んだ有為の青年である。なぜ、神様はそんなにいいかげんな順番を決めたのだろうと今でも腑に落ちない。

 せめて、生かされた身としては、最大限、与えられた命を燃焼し尽くしたいと思うこの頃である。

 

 ひととせのあまりにむごき仕打ちかな つぎなる舞台長からんことを

(これもしたい、あれもしたいと思っても、もはや何もできない。あまりにむごい1年だったろう。せめて、次のステージでは長く謳歌できることを祈るばかりである)

 合掌

 (130206 第400回 この林の向こうに大竹が眠っている)

Profile

高久多美男

高久 多美男

(撮影:森 日出夫)

●1959年生まれ

●1987年、広告の企画・制作を営む株式会社コンパス・ポイントを設立

●2009年、『Japanist』を編集・発行するジャパニスト株式会社を設立(2019年1月、刊行終了)

●「遊び、学び、仕事は皆同じ」がモットー。すべからく本質を求める

■本は永遠の師匠

19世紀フランス文学から20世紀アメリカ文学、さらには現代日本文学。歴史(特に日本近代史)、あらゆる生活・芸術分野から政治・経済の分野まで、本には強いな愛着を示す

■No Music, No Life

あらゆるクラシック音楽と1950年代以降のジャズ、R&B、60年代以降のロック、ワールドミュージックなど、とにかく雑食

■生涯、美を求めたい

桃山から江戸にかけての日本美術、岡倉天心一派以降の近代絵画を特に好む。ヨーロッパの近代絵画など、こちらも雑食

■敬愛する歴史上の人物

尊敬する人物は大久保利通。ほかに幕末から明治にかけて活躍した男たち。戦国武将では武田信玄、戦後の政治家では岸信介

■思索の遊び

禅、儒学、老荘思想、マキャヴェリズムを組み合わせながら、独自の思想を構築中

■いやなもの

共産主義や日教組などの極端な左翼思想(極端な右翼も嫌い)、地球市民幻想、新興宗教

■その他

日常的に走る他、毎年夏、山に登る。体型はずっと変わらず。便利なことよりも美しさに価値を見いだす

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