甚徳庵での贅沢な時間
前回、陶芸家の坂田甚内さんの自宅にある茶室に泊めていただいたことを書いたが、もう少し詳しく書いてみたい。
甚内さんのアトリエは、益子の山奥にある。向こう三軒両隣はキツネさん一家、タヌキさん一家、そしてリスさん一家である。ちなみに、マングース族はいない。
広大な敷地の中に、体育館ほどもある巨大なアトリエ棟、2Bハウス(Bed RoomとBathのある建物)、そして前庭のなだらかな斜面の裾に茶室がある。甚内さんは茶室と呼んでいるが、正確には庵というべきだろう。
便宜上、名前を「甚徳庵」としよう。人徳と仁徳を兼ねた言葉である。うん、いい名前だ。勝手に名付けながら、ひとり悦に入っている私である。
甚徳庵はじつに趣がある。大谷石の壁に囲われた3畳ほどの広さだが、まず、なにより庭側に面している大きなガラス窓から見える雑木林の風景がいい。地面の目線なのだ。まるで自分が小動物になったかのような視界を得て、コーヒーや純米酒などを飲みながら博識な甚内さんと語らうのは、よそではけっして得られない贅沢な時間である(右上の写真参照)。少し遅い春は桜が淑やかで、若葉の頃はほんとうに緑が萌えているようだ。秋になって葉っぱがひらひらと落ちるのを地面の目線で眺めるのは、清少納言でなくても「いとをかし」と言うであろう。
もちろん、冬の景色も素晴らしい。近年、私は冬の景色に魅了されているのだが、葉が落ちて幹や枝がむき出しになった林の姿は、じつに魅力的だ。それぞれの形が明瞭にわかり、いろいろな形になぞらえることができる。それを小さな庵から眺めるというのは、甚大な贅沢というものだ(あっ、また甚という字を使ってしまった)。
ちなみに、2Bハウスのお風呂に入らせていただいたが、こちらも幻想的な眺めであった。深い森の一部をライトアップしているので、その奥の闇が濃い。
サービス精神旺盛な甚内さんはお猪口に純米酒をつぎ、風呂酒が楽しめるようにと給仕してくれた。それをちびりちびりやりながら、闇に目を凝らす。何者かが私を窺っているのを感じる。もののけの気配だ。
一瞬、マレーシアのランカウイ島にある〈グライハウス〉というレストランを思い出した。娘がまだ幼い頃、数度訪れた。アンダマン海に臨むジ・アンダマンとザ・ダタイという2つのホテルの中間に位置したそのレストランは、密林の中にある。オープンエアなので、密林のゾクゾクする空気が漂っている。あの時も闇の奥に目を凝らし、もののけの気配を感じたものだった。
こたびの震災で被害を受けた甚内さんであるが、たくましいもので、庭に新たな建物(ギャラリー)を造ろうとしている。甚内さんのセンスを生かし、どのような姿になるのか、今から楽しみだ。
(110831 第277回 写真は坂田甚内氏の茶室から見る雑木林の風景)