名言ゆかりの地を訪れ、思いを綴る
細川護熙の生き方に感嘆している。
細川さんが元総理大臣ということを知らない人はいないだろう。しかし、彼の〝その後〟の生き方を知る人は少ないと思う。せいぜい、「政界を引退して悠々自適に暮らしている人」という程度の認識ではないか。
さにあらず。彼ほど自らを律し、一日一生の思いで日々を生ききっている人は稀であろう。
「権腐十年」権力は10年で腐ると言って熊本県知事を2期8年で退いた後、日本新党を立ち上げ、時宜を得て首相の座に。しかし、還暦を機にあっさり政界を引退し、その後は文人として活動している。陶芸家・辻村史朗氏に師事したのを手始めに、唐津、信楽、志野など陶芸の里を渡り歩き、陶による仏像づくりにも励んだ。その他、書や絵画においても玄人のレベルに達している。
もちろん、出自もものをいっているのだろう。なにしろ細川幽斎という文武両道の祖先をもつ。政治と芸術の道のいずれをも極めるなど、常人ができることではない。
しかし、血脈だけでそれができるほど世の中、甘くはない。細川さんの日常を知れば、そのストイックな生き方に脱帽せざるをえない。朝は早起きして庭掃除にいそしみ、食事は和食を中心に1.5食。腹五分目を目安にしているという。夜の外出は極力控え、一人静かに書や読書をたしなみ、床に就く前は一人静かに内省のひとときを過ごす。その気になれば、とんでもない贅沢ができるであろう身であるにもかかわらず、まるで恬淡としている。一度、永青文庫で開催された「春画展」で間近に接する機会を得たが、俗臭がまったくなかった。
そんな細川さんが著した本書は、言葉と旅をからめた随筆集。彼が愛する歴史上の人物が残した箴言ゆかりの地を訪れ、心に浮かぶまま文章を綴っている。
細川さんが選んだのは、鴨長明・明恵上人・兼好法師・世阿弥・武野紹鴎・千利休・細川ガラシャ・妙秀・宮本武蔵・松尾芭蕉・与謝蕪村・池大雅・葛飾北斎・良寛・吉田松陰・山岡鉄舟・正岡子規・幸田露伴・島崎藤村・井伏鱒二ら48人。戦国武将や軍人・政治家より文人が多い。最後を西行の「ねがはくは花の下にて春死なんその如月のもちづきのころ」で締めている。
好きな言葉を選び、ゆかりの地を訪れ、感じたこと・思い浮かんだことを文章と写真で表現する……。なんとも贅沢な企画である。自分ならなにを選ぶか、と考えながら読むのも一興。
こうすれば自分らしい一生がおくれるよ。この本には、そんなヒントが満載である。
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