死ぬまでに読むべき300冊の本
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ココロバエ
美し人

たったひとつの存在を貫いて流れるひと筋の川

file.066『マクリーンの川』ノーマン・マクリーン 渡辺利雄訳 集英社

 

 行間から静謐な哀切がにじみ出てくる、味わい深い作品だ。

『マクリーンの川』というより、映画『リバー・ランズ・スルー・イット』の原作といった方がわかりやすいだろう。モンタナ州西部にある、美しい山間の川ビッグ・ブラックフットを舞台に繰り広げる家族の物語である。

 この作品を読むと(観ると)、洋の東西に関わりなく、宗教性と表裏一体となった自然に限りなく接近することによって、人間は浄化されるのだとわかる。牧師である父にとって、フライ・フィッシングは娯楽のひとつではなく、宗教行為のひとつ。だから、生き物を餌に使って魚を釣ることを厳然と拒み、フライ(疑似餌)をあたかも自然界に棲む虫のように水面すれすれのところを飛ぶように投げることを息子たちに課す。ふたりの息子にとって、教会で父(牧師)の話を聞くことと簡潔な文章を書くこと、そして本物の虫のようにフライを投げることは同義語である。

 物語はふたりの息子の兄の方(マクリーン)が長じて、亡き弟ポールを父とともに回想するというシンプルな構成である。ポールはフィッシャーマンとしては天才的な能力をもつが、酒と賭け事と女に溺れ、若くして命を落とす。やがて訪れるであろう弟の破綻を予感しながらも、救いの手を差し伸べることのできなかったふたりは、最小限の言葉のなかに慙愧の念をにじませる。シカゴの大学に教授としての職を得たマクリーンは、弟にいっしょにシカゴへ行かないかと誘うが、ポールはさほど熟慮せず、ここに残ると答える。彼にとって、ビッグ・ブラックフットの川で鱒と相対するときだけが穏やかな時間なのだ。都会に出れば、さらに死期を早めたことだろう。

 科学が進歩し、すべてが複雑で社会が変転するスピードが加速度的に増している現代において、この作品を読み意義は深い。なぜなら、ここには「シンプル・ライフとはいかなるものか」が描かれているからだ。簡潔であること、それがどれほどその人をその人らしくさせることか。

 

 ラストが印象深い。

 ――そして最後には、すべての存在が溶解、融合して、たったひとつの究極の存在となり、ひと筋の川がそのたったひとつの存在を貫いて流れているのを意識する。

 

 その一文からタイトル「A river runs through it.」はつけられている。はたして〝river〟とはなにを意味するのか、そして〝it〟(ひとつの存在)とはなにか。

 完全ともいえる秩序の本源はなにか、そのなかにあって自分が存在するべき場所はどこか、そのためにどのような生き方をすればいいのか……。途方もなく深遠な問いを含む名文である。 

 

本サイトの髙久の連載記事

◆海の向こうのイケてる言葉

◆多樂スパイス

◆うーにゃん先生の心のマッサージ

◆偉大な日本人列伝

 

髙久の代表的著作

●『葉っぱは見えるが根っこは見えない』

 

●「美しい日本のことば」

今回は、「夜振火」を紹介。夏の夜、川面に灯りをともすと光に吸いよせられるように魚が集まってきます。この灯火が「夜振火(よぶりび)」〜。続きは……。

https://www.umashi-bito.or.jp/column/

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Profile

髙久多美男

髙久多美男

(撮影:森 日出夫)

●1959年生まれ

●1987年、広告の企画・制作を営む株式会社コンパス・ポイントを設立

●2009年、『Japanist』を編集・発行するジャパニスト株式会社を設立(2019年1月、刊行終了)

●「遊び、学び、仕事は皆同じ」がモットー。すべからく本質を求める

■本は永遠の師匠

19世紀フランス文学から20世紀アメリカ文学、さらには現代日本文学。歴史(特に日本近代史)、あらゆる生活・芸術分野から政治・経済の分野まで、本には強いな愛着を示す

■No Music, No Life

あらゆるクラシック音楽と1950年代以降のジャズ、R&B、60年代以降のロック、ワールドミュージックなど、とにかく雑食

■生涯、美を求めたい

桃山から江戸にかけての日本美術、岡倉天心一派以降の近代絵画を特に好む。ヨーロッパの近代絵画など、こちらも雑食

■敬愛する歴史上の人物

尊敬する人物は大久保利通。ほかに幕末から明治にかけて活躍した男たち。戦国武将では武田信玄、戦後の政治家では岸信介

■思索の遊び

禅、儒学、老荘思想、マキャヴェリズムを組み合わせながら、独自の思想を構築中

■いやなもの

共産主義や日教組などの極端な左翼思想(極端な右翼も嫌い)、地球市民幻想、新興宗教

■その他

日常的に走る他、毎年夏、山に登る。体型はずっと変わらず。便利なことよりも美しさに価値を見いだす

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