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紺碧の将

退屈な美術史の対極にある〝オモシロイ美術史〟

file.114『ひらがな日本美術史』橋本治 新潮社

 

 埴輪から東京オリンピックのポスターまで、日本美術の通史を全7巻にまとめたもの。

 書き手は橋本治だから、一筋縄ではいかない。第1巻の帯のコピーに「退屈な美術史よ、さようなら」とあるが、言い得て妙だ。美術に限らず、学者の書く芸術論は、大半がつまらない。事実の羅列ばかりで、インターネットを検索すれば、すぐにわかることばかりを後生大事に書いているケースがほとんど。客観的な記述をすることが学者に求められることなのだろうが、芸術の本質とかけ離れたことが多すぎる。私はときどき図録を完全読破するが、今までに面白いと思ったのは「知識も理解もなく、私はただ見てゐる。」という川端康成のコレクション展の図録だけだ。

 橋本治の美術論は、ほぼ主観だけで成り立っていると言って過言ではない。そういう意味では、美術研究科が書く美術論と対極をなしている。

 時に、主観がまわりくどいと感じることもある。ただの屁理屈じゃないかと反論したくなることもある。「 」だらけで、いいかげんにしてほしいと思うこともある。しかし、それらも含め、橋本治が自分の心に〝正直に〟書いた美術論だからこそ、「退屈な美術史よ、さようなら」と謳えるだけの内容になっていることもたしか。橋本治は、国宝だろうがどれほど高い評価が定まっていようが、自分がいいと思わない作品は正直に書いている。例えば、円山応挙だ。応挙といえば、まっさきに『雪松図屏風』が思い浮かぶが、橋本治にかかれば、

 ――円山応挙の作品では『雪松図屏風』が唯一、国宝に指定されているが、「ほんとかいな?」と思う。「円山応挙の中で一番つまらない作品を挙げよ」と言われたら、私はためらうことなく、この『雪松図屏風』を挙げる。――

 そのうえで理由を述べている。

 そういう観点で美術を鑑賞できれば、美術はもっと身近なものになるにちがいない。「これは名作なのに、名作と思えない自分の方がヘンだ」となったら、なんのための美術鑑賞かわからない。平たく言えば、美術鑑賞は自分の心が豊かになるためにするものだ。そうでなければ、旨いものでも食べて昼寝していた方がいい。

 日本美術の通史と書いたが、各巻で取り上げている時代を記しておこう。

 1巻 縄文時代から運慶、快慶、東大寺南大門など鎌倉時代まで

 2巻 『平治物語絵巻』から安土桃山時代の『洛中洛外図屏風』まで

 3巻 日光東照宮、姫路城、長谷川等伯『松林図屏風』など江戸時代初期

 4巻 俵屋宗達、尾形光琳など江戸時代中期

 5巻 円山応挙から歌川豊国など江戸時代後期

 6巻 葛飾北斎から歌川広重まで江戸時代の木版画を主体に

 7巻 高橋由一、黒田清輝から東京オリンピックのポスターまで明治以降の近代

 となっている。橋本治は全巻が終了した後、浅田彰との対談において、「『ひらがな日本美術史』で、逃げちゃったことがいくつかあるんですが、近代に関して、建築からは逃げましたね。建物として、そういうものを造らなければいけない必然はあるだろう、しかし、あれは日本人の美的な必然と合致しているものなのか、ということになると私は大疑問なんです。例えば東京駅をみれば、嫌いじゃないよなと思うけど、嫌いじゃないよなと思うことと、美術史のなかでどう位置づけるかということになるとまったく別なんでね。横山大観、菱田春草系の近代日本画を外しちゃったのも同じなんだけども、そういう流れがやってくるのは分かる、やってきたのをどう処理したのかも分かる、でも何かそれに意味があったんだろうか、ということになると、分かんないんですよ」と語っている。

 理由はどうあれ、日本美術の通史を書くと宣言して、岡倉天心一派による近代日本画をあえて書かないというのは、それだけでかなり独善的な試みといえるだろう。しかし、そういう通史があってもいい。まして、橋本治であればなおのこと。そう思わせてしまうところに、彼の真骨頂がある。

 本書を読んで、「なるほど、そうだよなあ」と何度感心したことか。と同時に、「へぁ〜、そんなふうに思うのか?」と訝しく思ったことも。

 でも、それでいいのではないか。美術に限らず、芸術とは本来、そういうものではないだろうか。芸術に「絶対」はありえないのだから。観る人が、心のおもむくままに感じればいいのだ。それを助けてくれる通史である。

 ――日本の美術は「なんとかして〝説明〟という理屈臭さを超えたいと思っているものの集積」なのだろう。(本文より)

 慧眼というべきだ。そうとわかったうえで、ああでもないこうでもないと理屈をこねまわして日本美術の本質に迫ろうとしている。そのアプローチが健気でユニークで橋本治にしかできない芸当でもある。

 

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