読書をするということは、「こんなことも知らなかった自分」を発見すること、すなわち自分を客観的に眺めることである。
「無知の知」というソクラテスの言葉がある。自分は何も知らないということを知ることが大切だと。学問であれ仕事であれ、追求していくほどに奥深さを知る。学べば学ぶほど知らないことが増えていき、自分は何も知らないという事実を突きつけられる。そうなってようやく、人は謙虚になれるのだろう。
歌人であり細胞生物学者である永田和宏氏は、著書『知の体力』の中で、読書をすることの意味を説いている。
「読書をすること、あるいは学問をすることの意味とは」、単に新しい知識を得ることではなく、「〝こんなことも知らなかった自分〟を発見すること、すなわち自分を客観的に眺めること」だと。
福沢諭吉は、「まずは疑え」と言った。信じることには偽りが多く、疑うところに真理があると言い、俗説やウワサ話、神仏、占いを疑いなく信じるのは危険で愚かな行為だと。自然科学や社会の進歩は、疑うことから発展してきた。ガリレオの地動説、ニュートンの重力の法則、奴隷解放、宗教改革、フランス革命、大政奉還、男女平等など、世の中の「常識」がひっくり返るきっかけは疑念から始まっている。
なんでもかんでも信じるのではなく、信じていいことと疑わねばならないことを厳密に分け、取捨選択する。学問は、その判断力を確立させるものだと福沢諭吉はいう。
だとすれば、読書は自分の常識を疑い、無知な自分を知り、新しい自分に生まれ変わる最良の手段である。もちろん、そんなことは考えず、「楽しいから読む」もありだが。
(260810 第901回)
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