自分らしくある必要はない。むしろ、「人間らしく」生きる道を考えてほしい。
「らしさ」という言葉は魔物である。子供らしさや大人らしさはまだいいが、男らしさや女らしさ、父親らしさ、母親らしさともなると、今の世の中ヒンシュクを買いかねない。「らしさ」に縛られることを嫌うのだろう。
ところが、なぜか「自分らしさ」は歓迎される。自分らしいファッション、自分らしい生き方など、人は「自分らしさ」を希求する。これが「自分」だと胸を張っていたいのだ。
だが、岡本太郎に言わせれば、自分らしくある必要はないらしい。あれほど強烈な個性を持ち合わせ、「岡本太郎らしさ」全開であるのに、である。
その「岡本太郎らしさ」をじっくり観察してみると、面白いことに「人間らしさ」が浮かび上がる。作品群も、生き方そのものも、「ニンゲン岡本太郎」なのだ。
では、そもそも「人間らしい」とはなにか。ある書物に「ものの見方」というヒントがあった。一見、無駄と思われることも見方を変えれば無駄ではなくなる。『老子』も「無用の用」を説く。
これまでの常識をひっくり返すようなものの見方は、情報の塊であるAIにはできないだろう。知識はあっというまにAIに奪われるが、人間には白を黒に、黒を白にもできる「ものの見方」という最強のメガネがある。
岡本太郎は、そのメガネが常にクリアだったのだ。一点の曇りもないよう、自分に正直に感性を磨き続けた。そうやって「人間らしく」生きていれば、自ずと自分らしさが出来上がるということだろう。
(260713 第898回)
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