下手は粘る、上手は切る、名人は放つ
人の成長には段階がある。赤ん坊が飽きることなく続けるうち、ものごとを獲得していくように、未熟なうちはひたすら繰り返すことが良しとされる。実力がついてくると、状況を冷静に判断して的確な行動がとれるようになる。それ以上になれば、あれこれ頭で考えずとも、体が勝手にうまくいく方向へ動く。
これを囲碁や将棋などの勝負ごとに当てはめれば、「下手(したて)は粘る、上手(うわて)は切る、名人は放つ(はなつ)」ということになる。
相手のミスを誘うために最後まで諦めず、泥臭く食い下がるのが「下手」ならば、それを冷静に見極め、勝負どころできれいに断ち切る判断ができるのが「上手」。さらに名人ともなれば、そんな我を張ったやりとりは必要ない。勝ち負けへの執着もなければ、相手を支配しようという欲すらもないのだから、はじめから勝敗は決まっている。幼い子供相手に本気で戦う大人はいないだろう。『孫子の兵法』でいう「戦わずして勝つ」の論法にも通ずる。何ごとも体が覚えるまで鍛錬を繰り返し、骨の髄まで染み付いたら、あとは放下する。それが直観というものだろう。考えずとも、動くべき時とそうではない時がわかるようになるはず。
自分がそういうレベルに達しているとは到底思えないが、これまでの来し方を振り返るに、準備万端整えて始めたことは、案外うまくいっていない。一方、直観で始めたことは、その後、終わってはいても、現在に至る線となってつながっていることがわかる。熟慮はすべきだが、それですべてうまくいくとは限らない。そこに人間の生の妙がある。
(260628 第896回)
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