まなばむとおもふみちにはことしげき 世にもいとまのあるよなりけり
明治神宮の正参道から本殿へ向かう途中、右へ直角に曲がるところに明治天皇の御製と昭憲皇太后の御歌が掲示されている。外国人の参拝客が多いことを反映して英文も添えられている(写真)。ちなみにこの角は直角ではなく、正確には88度。末広がりの8を重ねたとか。いちいち芸が細かい。
歌意は「何かといそがしいこの時代であっても、学びの道を歩みたいのであれば、勉強する時間はあるものである」。
「あの頃、もっと勉強しておけばよかった」とはよく聞く言葉である。あとから振り返って、学ぶことの大切さが身にしみてわかり、後悔の念に苛まれる。しかし、もう一度人生を繰り返すことができるとして、いったいどれくらいの人がその反省を活かし、一心不乱に学ぶだろう。それほどに学び続けるのは難しいということだ。
今年の正月、新たな誓いを立てた人も少なくないはず。あれからもうすぐ半年が経とうとしている。正月の誓いを遂行しているかどうか、自分と向き合う時期として絶好のタイミングといえる。
便利な世の中になって時間はたっぷりできたはずなのに、あいかわらず時間が足りないと人は嘆く。したくても時間がない、忙しくてできないと言うが、本当にそうだろうか。お金と同じで、時間もあればあったで、無為に使ってしまうのが人の悲しい性かもしれない。それは今も昔も変わらない。明治の頃もそうだったようだ。
ちなみに明治天皇が詠まれた歌は十万首を超えるという。それも、ただの戯れ歌ではない。国の、国民の行く末を歌に込め、真剣に願ったのである。それがあればこその明治の繁栄だったのではないだろうか。
学びは若い人だけの特権ではない。明治の時代とちがうのは、第一線から退いたあとの長い余生だろう。仕事を終えた後の時間は、人生の締めくくりに向けた神様からのご褒美でもある。無為に過ごすのはもったいない。学びによって、それまで知らなかったことを知る。それはいつの時代でも大きな歓びであるはず。生涯を終えるまで、それを続けられる人はまちがいなく幸せな人だ。
ところで、添えられている英訳の冒頭のShoudは「もしも」という意味で、Ifに近い。端正な英訳である。
(260621 第895回)
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