死ぬまでに読むべき300冊の本
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紺碧の将

複数の視座をもつ男の強さ

file.126『奇跡のリンゴ』石川拓治 幻冬舎

 

 2009年、本書を読んだあと、木村秋則さんにどうしても会いたくて、弘前まで行った(この本にはそういった衝動を起こさせる力がある)。

 木村さんと交誼のある、ある人から住所だけ聞いていた。電話は何の役にもたたないと言われていたため、運を信じてアポなしで突撃した。

 木村さん宅を探し当てた時、ちょうど奥様が外出する直前だった。木村さんは講演で不在だとのこと。

 ぶしつけと思いながら、リンゴ畑を見せていただきたいと申し出ると、「もうすぐ出ないと間に合わないのだが」と言いながらも丁寧に地図を書いてくれた。

 まさに驚きの光景だった。木村さんの畑のリンゴは、それまで描いていたリンゴの木とかなりちがっていた。幹はべらぼうに太く、葉っぱは普通のリンゴの木の倍ほどもあり、枝は重力に逆らい、空に向かって屹立している。獰猛な印象さえあった。土の中はもっとすごいことになっているという。普通のリンゴの根は張り出した枝の端から端までの長さらしいが、木村さんのそれは約30メートルも伸びているというのだ。しかし、それこそが本来のリンゴの木の姿なのだ。

 雑草も伸ばし放題だが、秋に1回だけ草刈りをするという。秋がきたことをリンゴの木に知らせないとリンゴは赤くならないそうだ。土がいつまでも暖かいからだろう。ちょうど私が行った時は下草を刈った後だった。

 

 木村さんの夢が実現するまでに11年の歳月を要している。その間、収入は激減し、家族に貧困を強いた。いよいよダメ、死ぬ以外にないと覚悟をきめ、ロープを持って岩木山に登ったとき、啓示を受ける。首をくくるために、ロープを木の枝にかけたときだ。

「山の木は、なぜ人間がなんの手も加えないのに、育っていくのだろう?」

 そして、その木の根元の土を口に含んだ。その土は、リンゴ畑にある土とはまるでちがっていた。ふかふかとして、暖かかったのだ。

 そのときの気づきをきっかけに、どのようにして無農薬・無肥料のリンゴを実らせたのかは本書に詳しい。

 竈消し(かまどけし=家族を養えない、生活能力がない)だのバカだのと悪態をつかれ、村八分にされながらも、「必ず答えがあるはず」と頑なに信じ、ついに夢を実現した木村さんは、本書の帯、「ニュートンよりも、ライト兄弟よりも、偉大な奇跡を成し遂げた男の物語」はちょっと大げさな気もするが、だれもができないと思っていたことを成し遂げたのだから、〝奇跡〟といってさしつかえない。

 木村さんの偉大な功績を蔭で支えたのは、まぎれもなく奥さんだった。いったい、どのような根拠があって、夫の〝バカげた挑戦〟を応援し続けることができたのだろう。ほんのわずか、お会いしただけだが、「ああ、あおの方なら……」と思わせる芯の強さを感じさせる人だった。

 木村さんの講演を2度ほど聴いたことがある。そのなかで印象に残っているのは、害虫と益虫の話だった。害虫はみな優しい顔をしているが、益虫は獰猛な顔をしている、と。考えてみれば当然の話で、人間が害虫とみなしている虫は、主に植物の葉っぱなどを食べる。だから、人間にとって害のある虫となる。いっぽう、益虫はほかの昆虫などを殺して食べる。だから獰猛な顔だ。しかし、人間が害虫とみなしている虫を食べてくれるのだから益虫と呼んでいる。ただ、それだけの話なのだ。すべからく、人間は人間のつごうで虫たちを区別し、良いだの悪いだのと決めつけている。これと似たような事例は、ほかにもゴマンとある。

 こんなエピソードも聞いた。

 ある日、タヌキが木村さんのトウモロコシ畑を荒らした。その後、ワナを仕掛け、生け捕りされたタヌキを見て木村さんは思ったという。

「考えてみれば、タヌキが住んでいるところにトウモロコシを植えたのは私だ。タヌキから見ると私が侵入者だったのさ」

 それから、木村さんは実が不揃いのトウモロコシをタヌキの〝住まい〟に置くようにすると、トウモロコシ畑の被害はなくなったという。

 つまり、木村さんは自分の目線だけではなく、動物や虫、はたまた植物の視点でものごとを見ることができるのだ。世の中に優秀な人はたくさんいるが、こういう視座をもった人はほとんどいない。

 彼が成し遂げた偉業の大本になっているのは、そのような視点にこそあると私は思っている。

 

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