元ボクサーによるピアノ・トリオのお手本
23歳から24歳にかけて失業していたことがある。とくだんそれを恥ずかしいこととは思わず、毎日いろいろな人に会い、好きなことをして自由を謳歌していた。失業保険給付が終わってから、バイトを始めた。それが宇都宮にあったジャズのライブハウス「グルーヴィー」であった。
その店のマッチに使われていたのが、このアルバムのジャケットである。著作権はどうなんだろうと今なら思うが、地方でのことだし、当時はユルカッたのだろう。
ちなみにその店は、名の知られた名だった。ニューヨークを旅して、現地に住む日本人アーティストに会ったときも、グルーヴィーの名を出すと即座にわかってくれた。毎週土曜日は都内や海外のアーティストのライブ、日曜日は地元のバンドのライブがあった。
余談ながら、「グルーヴィー」でアート・ブレイキーの娘イブリン・ブレイキーに取材する機会があった。拙い英語を駆使しながらも和気あいあいの雰囲気で、仕上がった記事(もちろん日本語)をニューヨークの自宅へ送ったら、その後、返事が来て、ニューヨークに来たらいつでも立ち寄ってほしいとあった。グルーヴィーでバイトをしていたころは、いろいろな意味で人生の修業でもあった。
さて、本作である。
レッド・ガーランドといえば、マイルス・デイヴィス・クインテットの一人として数々の名作に参加している。コロコロと玉が転がるような軽やかなタッチのシングル・トーンと左手の豪快なブロックコードが彼の代名詞でもある。ブロックコードとはメロディーの下に4声の和音をつけ、さらにメロディーの1オクターブ下の音を重ねて演奏するスタイルをいう。手が大きい人にしかできない芸当だ。
本作『グルーヴィー』は彼の代表作のひとつで、1956から57年にかけて録音されている。メンバーはレッド・ガーランド(p)、ポール・チェンバース(b)、アート・テイラー(ds)。トリオとしての完成度が群を抜いている。
1曲目の「C・ジャム・ブルース」がイカしている。軽快なリズム感を前面にだし、それぞれの楽器の特徴をまんべんなく引き出したリーダーシップに驚く。続く「ゴーン・アゲイン」「ウィル・ユー・スティル・ビー・マイン?」「柳よ泣いておくれ」「ホワット・キャン・アイ・セイ・ディア」「ヘイ・ナウ」と、まったく飽きさせない。
ジャズに興味があるのだが、なにを聴いたらいいかわからないという人にもオススメできる。ベーシックでありながら、奥が深い。だからこそ、時代を越えて残っているのだろう。そういう意味では、クラシックと呼ばれてもいい1枚である。
ところで、レッド・ガーランドは若い時分、ボクサーとして数十もの試合に出たことがある。その後、管楽器奏者を経てピアニストになったという特異な経歴の持ち主。
あの野趣あふれるブロックコードは、ボクサーを経験したことの賜物だったのか。
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