メンターとしての中国古典
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大人とは、赤子の心を失はざる者なり

2019.07.06

 これは孟子の一節で、「立派な聖人はいつまでの子供の心(童心)を失わないものである」という意味です。孔子の説いた「論語」や「孟子」などの儒教は、規律を重んじる堅苦しいイメージがあるかもしれませんが、人が持って生まれた子供の心を大切にしているところを見逃してはいけません。

 

赤子の心とは

 

①遊び心と好奇心

 子供の心の代表は、何と言っても「遊び心と好奇心」ではないでしょうか。子供は遊びの天才です。公園にいる子供の様子を見ていると、砂遊びや鬼ごっこ、ボール投げなど、初対面の子供とでもすぐに親しくなり楽しげに過ごしています。小さな子供は字が読めませんので、絵本を持ってきて「これ読んで!」といいます。一冊終わると「次はこれ!」とエンドレスです。物語に強い興味を抱きます。子供の活力や目覚ましい成長の原動力は、遊び心と好奇心あると言えるでしょう。

 

②挑戦する心

 子供の心には遊び心・好奇心から発展した「挑戦する心」が挙げられます。人は生まれた時は、寝たままで自ら動けません。しかし、寝返りを打つようになり、ハイハイするようになり、最後は自分の足で立つようになります。その過程は挑戦と失敗の連続、頭を打ったり、段差を落ちたり、転んで膝や顔を地面に強く打ち付けて痛い思いをします。しかし子供は諦めません。走るようになって転けると、膝を擦りむいて血を流します。大人になっても残る膝の怪我の跡は挑戦し成長した証と言えるでしょう。挑戦し失敗から学び教訓を得て成長するのも子供の心でしょう。

 

③素直な心

 子供の心は「素直な心」があります。社会に染まらず白紙ですので、スポンジのように何でも吸収します。小さい子供は良い悪いの判断基準もありませんから、すべてを受け入れます。自分の周囲にいる人の言動を真似ます。親が本を読む習慣があると、子供にもその良い習慣が身につきます。親が「面倒臭い! 面倒臭い!」が口癖になっていると、子供にも悪い口癖が伝染します。

 子供は大人のように忖度なく、素直に気持ちを表します。代表格は「何で?」の質問ではないでしょうか。例えば、「黙ってなさい!」と親がいうと「何で?」、「チョコレートは食べたらダメ!」というと「何で?」、「もう寝なさい!」というと「何で?」。親とすればイラっとする返答が返ってきます。自分は話したいことがあるのに、チョコレートは美味しいのに、まだ眠くないのに、「なぜ?」となります。子供に忖度はなく、素直に思ったことを口にし納得するまで問い続けます。

 

④夢を持つ心

 多くの子供には「夢」があります。パン屋さんになりたい、学校の先生になりたい、プロテニス選手になりたい、お医者さんになりたいなど、無邪気に夢を口にします。イチロー選手は、小学校の卒業文集に「目標はプロ野球選手、契約金1億円」とプロになる根拠やシナリオとともに記しています。サッカーの本田選手は「セリエAでプレーする」と書いたようです。テニスの世界No.1のジョコビッチ選手も、子供の頃テレビでウインブルドンの試合を見て、自分もセンターコートに立つんだと心に決め、現在5度目のタイトルに挑戦しています。

 私は子供の頃は夢はありませんでしたが、中学生のころ経営コンサルタントという仕事があることを知り、漠然とですがそんな仕事を出来れば良いなと思った記憶があります。夢は必ず実現するとは限りませんが、人生を切り拓く大切な羅針盤になるのではないでしょうか。

 

⑤無分別な心

 子供は社会常識がわかっていないので、分別がないつまり「無分別」ということになります。

 無分別とは、一般的には社会の常識がわからず、周りへの思慮がなく軽率であることを指します。しかし禅仏教では、物事を区別して考えないことを指します。つまり、自分だけの視点で考えて、善いとか悪いとか、正しいとは誤りとかを決めつけないというポジティブな捉え方です。

 行き過ぎた分別は分別臭さになり、既成概念や立場に固執し柔軟性を阻害します。老化現象とも言えます。変化が求められ常識を疑うべき今の時代においては、子供の持つ無分別さも一概に悪いとは言えないのではないでしょうか。

 

オトナの心とは

 

 ここで、「大人」と書かずに「オトナ」と書いたのには意味があります。

 中国古典で「大人」は立派な人格者を指しますので、普通の成人した人ということで、「オトナ」と記します。

 

 オトナはさまざまな経験をして、社会に揉まれ、分別を身につけます。そして子供の心を失って行きます。その結果できあがった「オトナの心」とは何なのでしょうか。子供の心の裏返しとして考えてみるとわかりやすいと思います。

・好奇心が衰え現状維持、遊び心がなく笑顔がない

・安定志向で失敗を恐れ現状に安住、失敗もなければ成長もない

・素直で柔軟な心が消え、既成概念・世間体に縛られている

・現実の世界に飲み込まれ、近視眼的で夢も希望もない

・分別臭く、何事にも批判的排他的で受容性がない

 

 今の日本の社会はこんなオトナの心に支配され、閉塞感に包まれているのではないでしょうか。

 

本当の「大人の心」とは

 

 論語にあるこの有名な一節がその答えを示していると思います。

「吾 十有五にして学に志し 三十にして立ち 四十にして惑わず 五十にして天命を知る 六十にして耳順(したが)い 七十にして心の欲する所に従いて矩 (のり)を踰(こ)えず」。

 

 その意味は、「私(孔子)は15歳のときに学問を志し始めた。30歳になったときに独り立ちをし、40歳になったときには惑わされることがなくなった。50歳のときに自分の天命を理解し、60歳のときにようやく人の意見に素直に耳を傾けられるようになった。そして70歳になって、自分の思うように行動をしても人の道をはずすことはなくなった。」 

 

 現役世代にとって重要なキーワードは、「学志・自立・不惑・天命・耳順」ではないでしょうか。

①志を持って学ぶ:自分のビジョンを描き、一生学び成長し続ける

②自立:能力と人間性を磨き、自分の意志を持ち自分の足で立って生きる

③不惑:金・権力・世間体や目先の損得などに翻弄されず、自分の道を歩む

④天命:目の前の仕事を天命・天職と思い、それに最善を尽くす

⑤耳順う:世の中の変化、若い人の意見、自分への批判も素直に受け入れる

 

 こんな「子供の心」と「大人の心」を持ったバランスの良い人間を目指して行きたいものです。

 

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