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教えとは、相手が自分で見ようとしない場所を指摘することじゃ

『猫の妙術』より

 ひきつづき『猫の妙術』から引用した。古猫のセリフはすべて直球で胸に刺さる。本書を読んだ方が早いしわかりやすいとは思うのだが、勝手な解釈も楽しんでもらいたい。
 
 3匹の猫に教えを説いた古猫に、あらためて剣術の奥義を問う主人公、勝軒。
 古猫は言った。
 誰の心の内にも必ず道理はあり、その道理を見るのは自分自身。
 どんなに優れた師にもそれを指し示す言葉は用意できないのだと。
  
― では、師の教えにはどのような意味があるのでござろうか(勝軒)
― 教えとは畢竟(ひっきょう)、相手が自分で見ようとしない場所を指摘することじゃ。
 しかし、そこで何が見えるのかを師から伝えることはできぬ。
 教えることは容易く、それを聞くのも容易い。
 難しいのは、その言葉を導き手として己の心に隠されたものを確かに見つけ、我がものとすること。
 禅ではこれを悟りの境地としているそうじゃ。悟りとは、妄想の夢が覚めることだという。ならば、心の内に道理の姿を見つけることもまた、妄想の夢から覚めることなのかもしれん(古猫)
 
 人は見たいものを見、聞きたいものを聞く。
 自分がこうだと信じたものは、考えをあらためるのは難しい。
 年を重ねれば重ねるほどに。
 
 思えば、厳しい言葉をかけられているうちは幸せなのだろう。
 親切にも、見ようとしないものを見るように、聞こうとしないものを聞くようにと教え諭してくれるのだから。
 
 ところが言葉には限界があり、
 伝え、教えることにも限界がある。
 
 その限界を超えるのは、教えを受け入れる素直な心があるかどうか。
 素直さこそ、内にひそむ道理を浮かび上がらせる。

 

「なるほど、そうだったのか!」

 と、ふとなにかの拍子で合点がいくことはよくある。

 いわばそれは、自分の内にある道理と天地自然の道理がつながったときの現象にちがいない。
  
「ほんとうの素直というのは、自然の理法に対して、すなわち本来の正しさに対して素直であるということ。順境であれ逆境であれ、与えられた境涯に自惚れることなく、ひねくれることなく、素直に受け入れ、謙虚さを忘れないこと」
 松下幸之助の言である。
 
 目に辛く、耳に痛いことは、おそらく自分が一番自覚していること。
 師の教え、先人たちが伝え残した教えに素直に耳を傾けてみよう。
 心をひらけば、自然の理、道理のままに、何をも恐れず生きることができるはず。

 

「美しい日本のことば」連載中

(190418 第399回)

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