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紺碧の将

技の見かけは妄想と知れ。技の修行を通じて、そこに隠れた道理をこそ我がものとせよ

『猫の妙術』より

 江戸中期に書かれた剣術指南本『猫の妙術』から抜粋した。剣聖、山本鉄舟も愛読したと言われる本書は、『武神』と名高いネズミ捕りの名手古猫が武道の奥義を教えるというもの。それなりに名の知れた3匹の猫が大ネズミを相手にけんもほろろに負けてしまった敗因を、古猫が教えさとす。剣術指南書であり人生の要諦本でもある。
 

「おぬしが身につけたのは、所詮はネズミを捕るための所作に過ぎぬ。

いまだ、それを使ってネズミを捕らえてやろうという心から自由になっておらぬのじゃ」
 

 技を極め常勝無敗でならしていた黒猫の敗因を、『武神』古猫は解釈した。
 
― 技を修行するのは何のためか(古猫)
― 技を身につけて、ネズミを捕るためでさ(黒猫)
― 違う。技など枝葉に過ぎぬ。身につけるべきは、ネズミを捕るという行いの底の底にある道理なのじゃ(古猫)
 
 古猫は言う。
 いくら技を身につけても、相対する人間や物事、状況は常に変わる。
 現実とは限りないもの。
 現実の無限には、こちらも無限で応じねばならない。
 だからこそ、身につけるべきは技ではなく道理なのだと。
 
 道理とは何か。
 道の理。
 自然の摂理。

 

「技」と「枝」はどちらも身を支えるもの。 
 時代を経て伝え残されてきた基本に道の理はある。
 
 大工も料理人も音楽家も、どんな職であっても、まずは基本から学ぶだろう。
 基本なくして、応用はない。
 とことん基本を学ぶのは、勝った負けたの世界から自由になるため。
 
 身につけたものを最大限発揮すれば、勝っても負けても悔いはない。
 悔いが残るのは、まだ基本がなってないという証拠。

 

「後悔などあろうはずがない」

 引退会見でのイチローの言葉は、古猫の教えと重なる。
 
 桜の季節も、そろそろ終わりだろうか。
 今年も桜は美しかった。
 咲いてよし、散ってよし。
 
 枝先に、足もとに、満開の花を咲かせ人を魅了する桜に、イチローと古猫が教える道理が見える。

 

「美しい日本のことば」連載中

(190414 第530回)

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