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日本人離れした迫力で世界を魅了

第11回 黒澤明

黒澤作品の圧倒的な磁力

 

 黒澤明の映画は、芸術か娯楽か。そういう問いがあったとしたら、こう答える。「芸術だ」と。

 ところが、ただの芸術作品ではない。黒澤は、自身が大好きなドストエフスキーをはじめ、シェークスピア、ゴーリキーなど海外の古典文学、あるいは山本周五郎などの作品をベースにした作品を撮っているが、他の文芸映画とは明らかに一線を画している。ひとことでいえば、娯楽映画の要素をふんだんに盛り込んだ芸術作品。だから文学の香り高いのに退屈しない。

 日本の映画は、大半が良くも悪くも〝お茶漬けサラサラ〟だ。内省的で物語にダイナミックさがなく、時間の流れが緩やかで、情緒的だ。草食系男子という言葉をたびたび耳にするが、黒澤は明らかに肉食系。実際に黒澤家では、1ヶ月の牛肉の消費量が百万円を超し、税務署員が調査にきたという逸話が残っているくらい肉を常食していたらしいが、だからこそ、あの圧倒的な迫力なのだろう。人の首根っこをつかまえ、前のめりにさせるような力をもっている。

 そのパワーに日本人のみならず、世界の人たちが魅了された。ルノワール、コッポラ、ルーカス、スピルバーグ、ルメット、スコセッシ、ヒューストンなど、世界に名だたる映画監督が黒澤の作品に魅了され、彼を尊敬していた。

 映画の製作は莫大な予算を必要とするため、興行収入などの商業性と切り離すことはできない。にもかかわらず、黒澤は徹頭徹尾、自分が思った作品を撮ることを最優先した。そのため、映画会社とのトラブルも絶えなかった。

 

黒澤組について

 

 黒澤がなぜ、あれだけの作品群を残すことができたのか。もちろん類い希なる才能もあるだろう。しかし、それだけではない。黒澤組と呼ばれる才気溢れる人たちの存在だ。

 黒澤と脚本チームを組んだ橋本忍、菊島隆三、小国英雄他、撮影の中井朝一、音楽の早坂文雄、佐藤勝他、そして三船敏郎や志村喬、千秋実など個性豊かな俳優陣。黒澤は自分が信頼のおけるメンバーで大半を固め、一方、役柄は固定させなかった。彼らの才覚を見出し、自分の周りに吸着させたことも成功の要因だろう。黒澤は映画を作るのみならず、人物を見出す目においても一流であった。

 黒澤が生涯に残した30本の作品は以下の通り。(※脚本を手がけた作品などは他にもある)

 

『姿三四郎』(1943年)

 柔道もの。記念すべき第1作目だが、主人公・三四郎の人物造形は平板で魅力がない。処女作がその作家の最高傑作という例はたくさんあるが、こと黒澤に限ってはそんなことはない。黒澤の代表作をあげるのは、とても難しい。

 

『一番美しく』(44年)

 戦時中の国策映画。黒澤は人間の理想像をこの作品に出てくる、工場で働く女子挺身隊のリーダー・渡辺ツルにおいているのではないか。案の定、その後、渡辺ツル役を演じた矢口陽子と結婚することになる。

 

『続姿三四郎』(45年)

 一作目がヒットしたため、急造ものの感が否めない。ラストの決闘シーンは天候ばかりが激しくて、闘いの凄みはない。

 

『虎の尾を踏む男達』(45年)

 歌舞伎「勧進帳」を黒澤仕立てにするとこうなる。予算がなくても、こんなに面白い映画ができるというお手本のような作品。

 

『わが青春に悔なし』(46年)

 スパイの嫌疑をかけられ、大学を追われた男の娘が、やがて農村にたどり着き、そこで生きる歓びを見出す。

 

『素晴らしき日曜日』(47年)

 貧しいカップルが心の中で音楽会を開く。演歌嫌いでクラシック音楽好きの黒澤が主題に選んだのは、シューベルトの『未完成』。終戦直後の貧しい時代であっても、想像力を駆使すれば、人間は心美しく暮らせる。

 

『酔いどれ天使』(48年)

 薄汚れた長屋に住むアル中の老いた医師と若い荒くれ者の物語。以後、社会と個人の精神の関係性というテーマは、黒澤の軸になっていく。

 

『静かなる決闘』(49年)

 手術中に患者から梅毒菌を移された医師の葛藤を描く。人間の矜恃とはなにか、深く考えさせられる。

 

『野良犬』(49年)

 バスのなかで拳銃を盗まれた刑事と凶悪犯を軸に、戦後間もない頃の日本を描く。食料がほとんどなかった当時、日本人の大半は野良犬のごとき状態だったが、ある者は善なる人間に、そしてある者は狂犬に変わっていく。

 

『醜聞』(50年)

 でっちあげ記事を雑誌に掲載された若い男女と出版社社長の法廷での闘いを中心に描く。事実関係を調べずに記事の掲載を指示する出版社社長をいさめた社員に、社長が言うセリフ、「大丈夫、大丈夫。記事なんか少しデタラメでも、活字になりゃ世間が信用するよ」。まさしく現代の週刊誌と同じ手口である。

 

『羅生門』(50年)

 黒澤の名を世界に知らしめた作品。山賊が人妻を暴行した事件を、4人の当事者(幽霊1名含む)が証言するが、4人はそれぞれ自分に都合のいい内容にすり替えている。

「人間てやつはわからねえ。人間のおぞましさには門にいた鬼だって逃げ出す始末さ」。ラストの言葉があまりに人間の本質を突いている。

 

『白痴』(51年)

 黒澤はドストエフスキーの愛読者だが、この作品には人間の心性の奥底を覗き続けたドストエフスキーの洞察力が乗り移っているかのようだ。主人公は無実の罪であわや死刑になりかけた。その時以来、〝この世で出逢ったすべての人たちや生きとし生けるものに言いしれぬ愛着を覚え〟無垢な精神が前面に出てくるのだが、世間から見れば、彼は「白痴」でしかなかった。

 

『生きる』(52年)

 それまで無為に生きていた市職員が、ガンを宣告されたことがきっかけで、小さな公園を作ることに命を賭ける。命が残り少なくなったことによって、皮肉にも真の人生を〝生きる〟ことになる。

「わしは人を憎んでなんかいられない。わしには、そんな暇はない」。志村喬のひとことが脳裡にこびりついて離れない。

 

『七人の侍』(54年)

 日本映画史、いや世界映画史に残る大傑作。3時間27分があっという間だ。望遠で撮った雨中の戦闘シーン、人間味あふれる7人の侍、弱者とみえてその実したたかな百姓たち……。息をするのも忘れてしまうほど面白い。つべこべ言わずに見る以外ない。西部劇の『荒野の七人』はこの作品をヒントにしている……が、出来については言うまい。

 

『生きものの記録』(55年)

 原水爆の恐怖に取り憑かれ、家族を連れてブラジルへ避難しようと決意する初老の男と、それを阻止しようとする家族の葛藤を描く。裁判の結果、老人の望みは絶たれ、ついに老人は発狂する。最後、精神科医が語る。「あの患者を診ていると不安になる。狂っているのがあの患者なのか、こんな時世に正気でいられる我々がおかしいのか」。黒澤は自作のなかで、この作品を不憫に思っていたようだ。

 

『蜘蛛巣城』(57年)

 シェイクスピアの『マクベス』をベースにした作品。蜘蛛巣の森で聞いた予言にかどわかされた一人の武将が、主君を裏切り、ついには破滅に至る。ラストで三船敏郎扮する武将が無数の矢を射られるシーンは、実写である。命がけの撮影は4日に及んだという。特撮ばかりの現代映画では決して表現できない凄みのある緊迫感だ。

 

『どん底』(57年)

 ゴーリキー原作。汚い長屋を舞台に「性善」と「性悪」の闘いを描く。

 

『隠し砦の三悪人』(58年)

 黒澤はシリアスな作品も娯楽作品も観る者を飽きさせない。近年、この作品はリメイクされたが、リアリティーがまったく欠如していて、作品の体をなしていなかった。人間のあくなき強欲さ、それでも人間にいとおしさを感じてしまうというパラドクス。人間への信頼と諦めがない交ぜになった作品。絶体絶命が続きながらどこかユーモラスで、瞬時も停滞させないストーリーテリングの妙はまさに世界クラス。

 

『悪い奴ほどよく眠る』(60年)

 贈収賄など、数々の不正をはたらく組織に挑む一人の男。黒澤は異様なまでに暴力団やヤクザを嫌っていたが、正義感が尋常ではなかったことがうかがい知れる。

 

『用心棒』(61年)

 黒澤流娯楽映画の傑作。跡目争いを巡って抗争する二人の親分を巧妙に操り、最後は両方の悪党を一網打尽にしてしまうという痛快活劇。上州(群馬県)のある宿場町を舞台にしているが、ひとつの場所だけで一本の作品を仕上げてしまう構想力に脱帽する。

 

『椿三十郎』(62年)

 前作の主人公〝桑畑三十郎〟が〝椿三十郎〟となって、再び登場。赤いツバキと白いツバキが重要な符号をもつという洒落た設定になっている。ラストの居合いで、血が噴き出すシーンは印象的。

 

『天国と地獄』(63年)

 子供の誘拐事件をベースにしたサスペンス仕立て。走っている特急こだまから身代金を落とすアイデアは画期的だった。列車を貸し切っての実写ならではの迫力。最後の犯人の言葉「幸福な人間を不幸にするってことは、不幸な人間にとって面白いことなんですよ」も黒澤的。

 

『赤ひげ』(65年)

 山本周五郎原作。人間への限りない信頼が通底している。小道具から撮影のアングルまで凝りに凝り、撮影終了後、黒澤は疲労困憊で入院してしまった。撮影中、ずっとベートーヴェンの『第九』をかけ、「最後にこの音色が出なかったらダメだ」とスタッフたちを鼓舞していたそうだが、いかにも黒澤らしい。

「これまでの政治で、人間を無知と貧困のままにおいてはならぬという号令がいっぺんでも出たことがあるか」という赤ひげ先生の怒りは、黒澤のメッセージでもある。

 

『どですかでん』(70年)

 カラー第1作。幻想の電車を運転する少年六ちゃんは、過酷な現実から夢のような世界へ運んでくれる機関士でもある。この作品が公開された翌年、黒澤は自殺を図る。

 

『デルス・ウザーラ』(75年)

 舞台はシベリアの密林、主人公はデルス・ウザーラ。森の中でたくましく生きる猟師だが、視力を悪くして都会生活に転じたとたん、人生の破滅に導かれる。黒澤が思い描く、人間の理想像が過酷な自然とともに描き出される。

 

『影武者』(80年)

 武田信玄の影武者を務めた男を通し、戦国時代の盛衰を描く。冒頭のシーン、仲代達矢が、信玄と後に影武者になる盗人の役を演じるところは圧巻。オーラのあるなしを見事に演じ分けている。この作品の製作費集めに、ルーカスやコッポラが奔走した。

 

『乱』(85年)

 シェイクスピアの『リア王』をベースにした大作。全編、どのシーンを切り取っても壮麗で美しい。黒澤は、この作品を天の目で描いたという。どうして人間はいつも争いをし、互いに傷つけあっているのか、天が哀しんで見ているという視点で。黒澤の美意識が烈しく凝縮された集大成的な作品だが、日仏合作というのが皮肉な話。

 

『夢』(90年)

 前作とは一転し、小気味いいほど肩の力が抜けている。8話からなる、ファンタジックなオムニバス形式の作品。

 

『八月の狂詩曲』(91年)

 原爆という重いテーマに対し、硬軟織り混ぜながら風刺を利かせている。ラストの『野ばら』と強風に煽られたおばあちゃんが印象的。

 

『まあだだよ』(93年)

 内田百閒を題材にした黒澤最後の作品。人間と人間の理想的な関係は、このような師弟愛なのかもしれない。肩の力を抜きながら、随所に黒澤に映画術が生かされている。

 

 1910(明治43年)、東京に生まれた黒澤明は、1998(平成10)年、88歳で没するまで、映画漬けの人生をまっとうした。特撮でお手軽に撮影することができる現在、作品に映らないところにまで神経を行き届かせ、徹底的に〝本物〟を追求したリアリズムの映画作家は、今後二度と現れないのではないか。

 

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