メンターとしての中国古典

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大器は晩成し

2020.09.14

 これは「大器晩成」として有名な老子の言葉で、「大いなる器は完成に時間がかかる」という意味です。安直に結果を求めハウツーを重視する現代社会への警鐘と言えるでしょう。知識やお金・地位など容易に手に入れたものは直ぐに失い、苦労して手に入れたものは長く保てるのですから。

 

道の持つ徳性とは

 

「大器は晩成し」の一節は、道(タオ:母親の様な慈愛に満ちた存在)の持つ徳性について述べており、その前後の文章を見てみましょう。

 

上徳は谷の若く、広徳は足らざるが若く、建徳は偸(おこた)るが若し。質真(しつしん)は渝(かわ)るが若く、大白(たいはく)は辱(じょく)なるが若く、大方(たいほう)は隅(かど)無し。大器は晩成し、大音(たいおん)は希声、大象(たいしょう)は形無し。道は隠れて名なし。それただ道は、善く貸し且(か)つ善く成す。

 

 現代語に訳すると、

 高い徳のありようは低い谷川のようである。広く行き渡る徳は物足りなく感じる。確固とした徳はだらけきっているように見える。純粋なものほど柔軟に変化する。真っ白な物ほど黒く見える。大いなる四角には角がなく、大いなる器は完成が遅い。大いなる音は聞き取りづらく、大いなる形には明確な形がない。

 

本質は反対に見える

 

 では、前述の文における老子の言わんとするところを考えてみたいと思います。

 

 本当に立派な徳というものは偉そうに上から与えるものでなく、低い位置にいてすべてを受け止める谷川のような存在である。谷川を流れる水はすべての命に恵みを与えるが、奢らず成り行きに身を任せ、泰然自若としている。純粋で性質が不変な水は、こだわりというものがなく、柔軟に形をかえる。あまりに純白なものは塵や影と同化して一見汚れているようである。真に大いなる形をしているものは隅がないように見え、谷のように大きな器はいつ完成するかわからぬほど時間がかかって出来上がる。真に深遠な音は耳では聞き取れず、真に大いな象(すがた)には宇宙のように形がない。

 このように、我々が日々見ているものは、視座が低く狭く、なおかつ表面的だと気づかせてくれます。

 

「愚直」は死語か

 

 大器晩成は言葉では理解していても、それを理解し実践しようとしている人はどれほどいるのでしょうか。ビジネスの世界では、巨額の資金を使ったM&Aが頻繁に行われています。互いにビジネスパートナーとして尊敬の念を持った上でのM&Aはとても良いと思います。しかし、資金力にモノを言わせた強引な敵対的買収の頻度が増しているように感じます。その目的は資金力で時間を買い、時価総額を短時間に上げる錬金術とも言えるでしょう。そして買収の効果が生まれないと、早々に見切り売りすることも少なからずあります。

 リスクの高い新規事業を時間をかけて育てるよりは、形のある事業を買った方が手っ取り早く賢いという選択です。つまり、愚直に地道に事業を育てていくことは愚かだということの裏返しとも取れます。

「愚直」とは愚かなほど真っ直ぐで臨機応変な行動が取れないということです。「愚か」とは、鈍い、考えが足りない、損をする、つまりバカであるということ。また「直」とは、曲がることがなく柔軟性の欠如、空気が読めない、不器用でなかなか結果が得られない状態と言えるでしょう。

 一方、「愚か」の反意語は「賢い」であり、物事の判断が適切にできるということです。私たちは子供の頃から、賢さを追い求めてきました。親の言うことをきくと「賢い」と褒められ、学校のテストでいい点を取ると「賢い」と周りから評価をされました。つまり、「賢い」は世渡りが上手という意味で使われているように感じます。

 ではこの世の中、賢い者ばかりになるとどうなるのでしょうか。新しいものにチャレンジして、独自のものを生み出す創造性は生まれないでしょう。金にならないものはやらないということにもなりかねません。また時間をかけて大きなものを構築していくこともなくなるでしょう。

 目先がきく小賢しさは、愚直な大器晩成とは対局にあると言えるでしょう。

 

起業家精神の欠如

 

 日本の産業は戦後起業した中小企業によって支えられてきました。しかし、多くの中小企業が後継者不足により廃業に追い込まれています。学生は知名度が高く、安定した大企業を志向することは今も変わりません。つまり、日本全体がサラリーマン化していると言っても過言ではないでしょう。

 起業するというのは、最もリスクの高い愚かなことであり、やってはいけないことの代表格と考えられているようです。つまり、汗をかいてリスクを冒すより、涼しい顔で安定したレールに乗っかる。失敗して批評されるより、批評する立場に回る。そのほうが賢いという価値観が支配的ではないでしょうか。言い換えると、目に見えないリスクも負わずロマンも持たずにただただ金のためにだけ働いているということなのでしょうか。起業家精神の欠如が日本の未来を危うくしています。

 

プロフェッショナルのススメ

 

 しかし、全国民が起業家になれるわけでもなく、そもそもサラリーマン自体が悪いわけではありません。盲目的に組織の空気に合わせ埋没して働くのが問題なのです。自分の意志と専門性を持ったプロフェッショナルとして働くことが大切なのではないでしょうか。

 遠藤周作さんは、べストセラーの作家になるための秘訣を訊ねられたとき、「1日3時間、書くことを10年間続ければ誰でも一流の作家になれますよ」と答えたそうです。つまり、1万時間集中して続けるということです。エジソンは、「発明は99 %の汗と、1%のインスピレーションだ」と言っています。経営の神様と言われた松下幸之助翁は、「成功の秘訣は、成功するまでやり続けることだ」と言いました。

 つまり、本質を追求する探究心とひたすらにやり続ける愚直さがプロフェッショナル性を高めます。またチャンスを確実につかみ成功するためには、本質を見極めた周到な準備、変化の兆しを感じ取る高い感度、機を見て一気にエネルギーを注ぎ込む集中力が欠かせません。そして、大いなる世界を描きながら、人の目には見えないものを見て、耳では聞こえないものを聞き、敏感に行動することが肝要です。

 

 少し立ち止まって、本当の「賢」とは何か、「愚」とは何か。大器晩成、一生かけて自分は何を残したいのか、どんな人生を望んでいるのか、自分と向き合って熟考する時間を持つことも大切なのではないでしょうか。

きっと今回のコロナ禍はその契機になったのではないかと思います。

 

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Profile

三村 邦久

三村 邦久

1961年、兵庫県生まれ。

株式会社アイパートナー代表。中小企業診断士。著書に『「愚直経営」で勝つ!』(PHP研究所)、『豊かな働き方 貧しい働き方 自分と組織のマネジメント論』『うーにゃん先生の持ち味コーチング』(いずれもフーガブックス)。

株式会社アイパートナーHP

http://www.i-partner.co.jp

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