メンターとしての中国古典
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徳は本なり、財は末なり

2019.08.26

 これは四書五経の一つである「大学」の一節で、「徳(高い人間性)が根本であり、財(お金など資産)は枝葉末節である」と説いています。つまり、人の幸せや社会の発展のために貢献することが根本で、お金や地位は後からついてくるということです。「先義後利」や「利は義の和」という言葉もあり、利益ありきではなく何かに貢献することによって、結果として利益が増えていくと説いています。つまり、義(give)が 先で利益(take) が後だというのです。

 ちょっと豆知識です。「義」という文字を上下で分割すると「美」+「我」となり、美は「羊」 +「大」となります。大きい羊は生贄の象徴であり、自らが犠牲となり周りの人を助ける役割を担うことを意味します。義とは人としての理想の姿、美意識の表れなのです。

 

徳は本なり

 

 この一節の前後をもう少し詳しく読んでみると、「人が集まれば会社や国は発展し、人を失うと会社や国は衰退する。よって、リーダーは徳を大切にして、何事も慎重に軽はずみなことはしない。徳があれば人が集まり、人が集まれば知恵やネットワークが集まる、知恵やネットワークが集まればお金が集まる、お金が集まればいろんな事業に活用でき会社や社会が発展する。結果としてお金など財産が増える。よって、徳は本なり、財は末なり。

 根本にあるべき徳を軽んじて、お金を第一にすると、みんなが争ってお金や富を奪い合う。組織の利益ばかりを重んじて、人の幸福を後回しにすると人材は組織を離れバラバラになる。徳のあるお金の使い方、つまり社員や社会の発展のためにお金を使えば、社会に評価され人財やお客様、投資家などの支援者が集まる。

 徳のない言動をすると回り回って自分に返ってくる。人の道を外れた方法で稼いだ金は、浪費されたり悪用され死に金となる」と説いています。

 

徳とは

 

 そもそも徳とは何でしょうか。

 徳という概念は世界に共通で、漢字では徳(とく)、ギリシャ語では ἀρετή アレテー、英語:ではvirtue)と言われます。一言で言うと、人としての卓越性を指します。人としての卓越性とは、誠実で思いやりがあり謙虚で献身的で、人として間違ったことをしないなどが挙げられるのでしょう。

 もう少し深掘りしてみると、徳は人間性を構成する多様な精神要素から成り立っており、気品、意志、温情、理性、忠誠、勇気、名誉、誠実、自信、謙虚、健康、楽天主義などを指します。こんな徳を備えた人間は他の人間からの信頼や尊敬を獲得しながら、人間関係の構築や組織の運営を進めることができるのです。

 

この世の中は「お金」?

 

 どんなに綺麗ごとを言ったところで、この世の中、お金がないと生きていけません。お金がなくなって不幸な生活を余儀なくされたり、命すらも守れなかった人も目の当たりにすることもあります。

 お金はとても大切なものです。もっとお金があれば「前から欲しいと思っていた物が買える」「今の仕事が嫌いですぐに辞表を出して会社を辞められる」「もっといい場所に引っ越せる」「子供が望む通りの進路に進ませてあげることができる」。経営者なら「資金繰りを心配しなくて良い。社員に沢山のボーナスを払える」「銀行に頭を下げなくて良い」等々、お金があれば自由を担保することになります。

 一方、お金がありすぎると面倒で不自由なことも増えます。まず税金をたくさん払わないといけません。節税に苦心しているお金持ちは少なくありません。身近にいる人たちに対しても、自分を慕ってきているのかお金目当てなのかと疑問が渦巻き、人間不信に陥ることもあるでしょう。宝クジに高額当選した人の多くはその後、不幸になっているというデータを見たことがあります。お金があると金銭感覚が麻痺し、どんどんお金を使い、お金を使い果たしても浪費グセが治らず、借金地獄に陥るからです。

 会社経営者であれば、成功すれば成功するほど、事業承継つまり相続問題も発生します。苦労をして多額の財産を築いても、子供たちが分け前をめぐって骨肉の争いを演じることもあります。私はかつて役員である兄弟が2派に分かれて経営権と財産分与の争いで裁判をしているテレビドラマのようなケースに出会ったこともあります。その会社のその後は、推して知るべしです。

 

徳と財

 

「富は屋を潤し、徳は身を潤す。心広く体(たい)胖(ゆた)かなり」

「大学」にはこんな一節もあります。多くの財産があれば、その家の姿を立派にするが、徳はその人の身を立派にする。徳を備えると、心はいつも広くなり、体もゆったりと落ち着いた態度になるという意味です。

 ここで、豊かさと貧しさについて考えて見ましょう。

「世界でいちばん貧しい大統領」として有名になったウルグアイのホセ・ムヒカ氏は、「貧しい人間というのは、いつもお金ばかり追いかけ、それに囚われている人間を言うのである」と喝破しています。

 彼は現代社会の拝金主義・物質主義に対して、身をもって警鐘を鳴らしているのです。

幕末の儒学の大家である佐藤一斎は「言志四録」で、「富を欲するの心は即ち貧なり。貧に安んずるの心即ち富なり。富貴は心に在りて、物に在らず」と、ムヒカ氏とまったく同じことを言っています。

 世の中にはお金持ちと貧乏人がいます。貧乏人はたいていもっとお金が欲しいと思っています。反対にお金持ちはお金に困っていないからもう十分だと思っています。つまり、貧乏人は足りないと思い、金持ちは足りていると考える。だから、いくらお金を持っていても、もっともっとお金がほしいと思う人は貧乏人と同じ。心が貧しい人、これが貧乏人です。

 

仁義礼智信で徳性を磨く

 

 ではどうやって徳を磨けば良いのでしょうか。

 以下、私が学んで纏めたチェックリストから抜粋してご紹介しましょう。

 

「仁」 評価や地位の低い人、心身が弱っている人を大切に扱う

長所も短所も持ち味として受け入れ、人の個性を活かす

「義」 志や使命感を持ち、私欲より公欲で貢献に焦点をあてる

自ら役割・目標を明確にし、自責で考え行動する

「礼」 相手を嫌な気持ちにさせることないよう気配りする

謙虚で何事にも感謝し品性がある態度を取る

「智」 損得でなく人として正しい倫理観に基づいて判断を下す

プロとして高い専門性に基づき的確な判断をする

「信」 真心を持ち誠実で言行一致、人との約束を守る

自分の価値や能力を信じ、胸を張って仕事をする

 

 こんな行動指針を持って、利益や財に執着しない。自由な心で毎日を過ごせば、きっと心豊かで経済的にも不自由のない生活がおくれるのではないでしょうか。

 一生かけて、これを自ら検証してみたいと思います。

( 掲載写真は孔子像 )

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