終を慎むこと始めの如くなれば、即ち事を敗る無し
『老子』第六十四章の一文である。老子を取り上げれば切りがない。何か大切なことを忘れそうになると『老子』に手が伸びる。すると、ひん曲がって固くなっていた心がゆるりとほぐれるから不思議。
基本的なことほど、人は忘れがちになる。
だからこそ、何度も繰り返す必要があるのだ。
とりわけ、事をはじめた頃の気持ちは時とともに薄れていくため、意識して基本に戻る必要がある。
なぜそうしようと思ったのか。
どこを目指し、何をしたかったのか。
がむしゃらに突っ走っているときほど、立ち止まって考える。
物事は変化して当然だし、方向性が変わるのも仕方がない。
でも、そんなときほど自分を見失いそうになるもの。
事のはじめは誰でも慎重になる。
ところが、しだいに馴れ合い、注意が散漫になって「なし崩し」ということもよくあること。
落とし穴にすっぽり落ちてしまうのは、そんなときだろう。
だから老子は言うのだ。
「終を慎むこと始めの如くなれば、即ち事を敗る無し」
最後まで最初と同じ心持ちで慎重さを忘れなければ、失敗することはないのだと。
全豪テニス決勝戦で、世界の女王に君臨した大坂なおみ選手。
彼女は「終を慎む」ことを知った人なのにちがいない。
結果を出せなかった頃とは、あきらかに試合の進め方も終わり方も変わったようだ。
乱れそうになった心を取り戻し、感謝の言葉でしめくくる。
人は生まれながらにして弱い生きもの。
強く生き抜くためにも、弱さを抱えていることを忘れてはいけない。
(190128 第508回)