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紺碧の将
Interview Blog Vol.118

自分が作った洋菓子が、大切な思い出や物語を作っていけるよう、心を込めて作っていきたい。

エキュバランス 代表 山岸修さん

2021.08.18

 

京都市左京区で洋菓子店を営んでいる山岸修さん。ショーケースには、旬の果物を使った洋菓子や焼き菓子、マカロンがずらりと並んでいます。京都でも観光地から離れているその土地で、何を自分の軸として、どんな思いで洋菓子店を続けてきたのか、お話を伺いました。

パティシエへの道のり

ここは京都でも観光地から離れていますが、どうしてこちらにお店を構えられたのですか。

僕が生まれ育ったところなんです。

自然豊かなこの地で、どんな子供時代をお過ごしになったんですか。

とにかく外で遊ぶことが好きでした。中学生時代、野球部に入っていましたが、部活が終わった後、毎日チームの仲間と近くの田んぼや山で遊んだり食べたり、ずっと一緒に遊んでいました。

今のようにスマートフォンやテレビゲームもなかった時代でしょうから、子供は外で遊ぶことが多かったのでしょうね。

家の中にいても遊べませんからね(笑)。

幼少期に外でたくさん遊んだ子は、知らず知らず感性が育まれると聞いたことがあります。

外で遊んでばかりいたと聞くと、どうして今の仕事に就いたのかと思うかもしれませんが、僕は何かを作ることも好きだったんです。よく料理の手伝いもしていましたよ。

お母さんのお手伝いですか。

そうです。

外で遊ぶことが好きな子が、家の中で料理の手伝いをする。そのバランスがおもしろいですね。

子供の頃から、興味をもったことはやってみたいと、好奇心旺盛でした。

エキュバランスは洋菓子専門店ですが、最初はフランス料理を勉強されたと聞きました。

子供の頃から料理の手伝いをしているうち、大きくなったら料理人になりたいという思いが膨らんできました。そこで京都の調理師専門学校に入り、卒業後はフレンチレストランで4年間修業しました。その店でデザート作りを担当した時期があって、それが洋菓子作りのの原点ともいえますね。いずれは、料理人に戻るつもりでいたのですが、そのまま洋菓子を作り続けています。

洋菓子の方が合っていたのでしょうね。

洋菓子についてもっと知りたいと思い、本格的に勉強を始めた時、すごくのめり込みました。ふだん何気なく使っている卵や砂糖、小麦粉も、勉強すればするほど奥が深いと気づきました。原材料の違いまで含めると、ものすごく多くの種類がありますし、製法もたくさんあります。一般的に洋菓子はレシピ通りに作ることが大切と言われていますが、ただ基本にのっとって作っても、作り手によって味や食感が全然違うんですよね。自分の思いを表現できるところも洋菓子作りのおもしろいところです。

同じレシピでも作り手によってできあがりが違うということですが、その違いは何に由来すると思いますか。

どんな思いで洋菓子作りに向き合っているか、ですかね。お客さんが口にするものですから、一つひとつ丁寧に気持ちを込めて作ろうと心がけています。

そのような気づきはどこから得たのですか。

まずは自分の考えを固めることが第一歩だと思い、自分は何に興味があるんだろう、何になりたいんだろう、そのためには何を勉強すべきか、今自分に足りない部分は何か、ということをとことん考えました。人に教えてもらうのはそれからだと思っていました。

エキュバランス開店

就職活動の際も自己分析が大事とよく言われますが、自分を見つめ直す期間はとても大切ですよね。どういった経緯で、エキュバランスをオープンしたんでしょうか。

東京で修業したのち、地元の京都に戻り、2003年に自分の店を持ちました。今年で18年になります。

飲食業で10年続けば成功と言われるそうですが、18年続いているとは大きな成果と言えるのではないでしょうか。

いえいえ、周りの人にはまだ高校生だと言っています。18歳ですから(笑)。

ご自分のお店を持とうと思われた理由は何ですか。

自分がすべて裁量権を持ってできるところですね。当たり前ですが、雇われの身だと、扱う材料の質や分量も決められてしまいます。自分が選んだ材料や作り方で、自分ならではの洋菓子を作りたいと思ったのです。

少し話は戻りますが、専門学校卒業後、山岸さんはフレンチレストランで4年間修業したと伺いました。まったくの畑違いではないにせよ、最初から洋菓子職人として仕事をしていた人と4年間の差が生じたことになります。その点、焦りは感じましたか。

はい、追いつこうと必死に勉強しました。長くやっていればいいというわけではないとも思っていました。ただ何も考えずに言われたことだけをやる人と、常に疑問を持ちながらやる人とでは成長の仕方が違うと思うんです。洋菓子も料理も答えが決まっているわけではありません。100回200百回繰り返してわかるもの、1000回やってようやく見えてくるものがあります。同じプロセス、同じ結果でもそこに疑問を持ち、次はこういう風にしてこういうものを作ろうと、考えながらひたすら洋菓子作りに向き合っていました。

毎日同じことの繰り返しでも、意識の違いで結果は大きく変わってしまうものですか。

意識の違いもありますが、こつこつと継続できるかどうかが大切ですね。続けた人にしか見えないものはたくさんありますから。今までやってきたことがここにつながってくるんだ、とだんだんわかってくるんですよね。

今まで何かしらで成功した人も、はじめから大きな成果をあげたわけではなく、小さいことを積み重ねてきた人が多いですよね。山岸さんは憧れの人や影響を受けた人がいらっしゃいますか。

東京で働いていた時の、木村さんという師匠に影響を受けました。初めてお菓子を作っているところを見た時は衝撃でしたね。他の人と何が違っていたのかと訊かれると説明するのは難しいんですが、一つひとつの作業に込める思いが違うんです。簡単な作業ひとつとっても、けっしてなおざりにしない。気を抜くところがまったくないんです。技術はもちろん大事ですが、それ以上に大事なことを背中で教えてもらったと思います。ちなみに木村師匠は現在、世田谷の〈ラ・ヴィエイユ・フランス〉のオーナー・パテシエです。

人との出会いは、良くも悪くも自分を大きく変えるきっかけにもなりますね。

その師匠に出会えていなかったら、仕事に対する考え方も今とは違っていたかもしれません。大事なことを教えてくれた師匠に出会えたのは、自分の財産だと思っています。世の中には多くの洋菓子店があり、パティシエがいますが、その方と出会えたことが不思議です。そう思うと、人と人との縁をあらためて大事にしようと思いますね。

この取材中もひっきりなしにお客さんが来店されていますが、顔見知りのお客さんが多いようですね。お客さんとの縁も大事にしているのがわかります。

好きでこの仕事をしてますが、お客さんが買いに来てくれなかったら何も始まりません。ある時、モンブランを買いにきてくれたお客さんがいらっしゃったのですが、秋限定で作っているため、時節柄置いてなかったんです。そう伝え、お詫びしたところ、そのお客さんが「母親が亡くなる前に、ここのモンブランだけは食べたいとよく言っていた。久しぶりにお店の前を通ったから、懐かしくて寄らせてもらったよ」とおっしゃったんです。自分では、すべての商品に心を込めて作っているつもりですが、同じものをたくさん作ることもあって、どうしても商品の一つひとつがお客さんとどう関わっていくのかという思いが希薄になりがちです。でも、たくさん作ったものの一つひとつが、お客さんにとって大切な思い出や物語につながっているんだな、とあらためて思いました。忙しい時こそ、この話を思い出すようにしていますし、自分の励みにもなっています。

自分が作ったお菓子が、誰かの思い出になっているってとても素敵ですね。料理の世界では、あるていど成功すると現場をスタッフにまかせ、現場から離れていく人もいますが、山岸さんはずっと現場にこだわり続けていますね。

経営の合理性だけを求めるなら、もっと店舗を増やすということも選択肢のひとつになると思うのですが、自分がやりたいことは現場でお菓子を作ることなんです。スタッフとあれこれ話し合ったりしてね。何より、お客さんと直接関われる機会を失いたくありません。お客さんの声から得られるヒントはたくさんありますからね。そういった意味では、お客さんと一緒に育ってきた、お客さんに育ててもらったお店でもあると思っています。

お客さんはどんなことを言ってくるんですか。

こういうお菓子を作って欲しいとか、いろいろですね。実は以前、近くのもう少し広い物件でお店をやっていたのですが、恥ずかしながら常連さんを認識できていなかったんです。その時、自分ではお客さんを大事にしていたつもりですが、できていなかったのだと気づきました。それに、従業員のこともきちんと見ていなかったなと。そういう経緯もあり、お店全体を見渡せるような、買いに来てくれるお客さんの表情も見えるような、今の小さい店舗に移転したのです。

山岸さんとお話ししていると、嫌だったこととかマイナスの話がまったく出てこないですが、今まで苦労したことや失敗したことがあれば聞かせてください。

基本、プラス思考ですからね(笑)。仕事が楽しくて、苦労したと思ったことがありません。強いて言えば、若い頃は休みもなく、朝から日付が変わるまで仕事をするのが当たり前で、今思えば大変だったかなあ、くらいです。失敗も特に……(笑)。

お店を始められて18年、紆余曲折あったと思います。

オープン当時は名も知られてない、信頼もない、どうしていこうかと思いました。まずは自分の味を知ってもらいたくて「この洋菓子はこうあるべきだ」という考えが強すぎたがために、お客さんの声も柔軟に聞けなかったんです。味以外にも就業規則とか仕事に対する姿勢とかスタッフに対しても柔軟性がありませんでした。自分の思い通りにならないとピリピリしてたり……。気持ちに余裕がなかったのでしょうね。当時の従業員達には申し訳なかったと思っています。ただ救いは、当時働いてくれてた子が、京都に帰ってきた時にお店に寄ってくれることですね。自分でお店を出した子もいますし。そういうのを聞くと、自分のことのように嬉しくなります。

かつての自分の部下が頑張っている話を聞けるのは嬉しいですね。今でも山岸さんの軸は変わっていないと思いますが、良い意味で変わった部分はありますか。

材料にはとことんこだわっていて、自分がいいと思った材料しか使わないのですが、それだけでは駄目だと気づいたんです。最近、ありがたいことに「エキュバランスの〇〇が食べたい」と言ってくれるお客さんが多くなりました。例えば、どこでも買えるような、ショートケーキとかロールケーキとか。「エキュバランスの」と言われると作り手としては燃えてきて(笑)。自分は何のためにこの仕事をしているのか、と原点に戻って考えると、お客さんに喜んでもらいたいからだ、とあらためて思うことができます。

ファンがたくさんいるんですね。現場で働いて、直接お客さんの声を大切にしたからでもあると思います。最後に今後の目標をお聞かせください。

一つは、次の世代に技術面はもちろん、仕事に対する考え方や姿勢を教えていくことです。ありがたいことに、京都のある専門学校で講師をやらせてもらっているのですが、自分がこれまでにしてもらってきたことを、そういう機会も含め、今度は自分が後進に伝えていく番だと思っています。もちろん、自分もまだまだ現役ですが……。

もう一つは、夏いちごの栽培をやってみようかと考えていて、ここ数年、長野県のいちご農家に行って勉強しています。夏いちごは味も良くなく、その上、値段も高くて、まだまだ改良の余地があると思います。輸入もののいちごもありますが、なるべく国産の材料を使いたいですし。

じつは、こう考えるようになったのは、お客さんからの言葉がきっかけになっているんです。あるとき、「孫に誕生日ケーキを買ってあげたいんだが、ここにはいちごのショートケーキはないのか」と言われたんです。いちごが旬の季節ではなかったので作ってなかったのですが、そう伝えると、「それでは、うちの孫は毎年誕生日にいちごのショートケーキが食べられないのか」と。

そこでもまた火がついたわけですね(笑)。

そうなんです(笑)。やるのであれば、自分が納得できる食材を使いたい。ならば、自分でいちごを作ってしまおうと。それに自分がいい材料を作れば、他のお店にも提供できますしね。ただ、現時点では、これはあくまでも目標なのですが。

他のお店といいますと、同業者ということですよね。競合するお店にも提供したいとお考えなんですか。

同じ京都市内で洋菓子店を営む仲間が何人もいます。彼らはライバルでもありますが、よき仲間でもあります。

そう思えるのは、まさに山岸さんの人間としての度量の深さですね。

そんなたいそうなものではありませんよ(笑)。以前、自分の失敗作のマカロンを持って来て、どうしたらうまく作れるのかと聞いてきた同業者がいて、僕なりに知っていることを教えたことがあります。

同業の人に素直に質問するなんて、なかなかできないことだと思いますが、ご自分が習得した技術を教えることに抵抗はありませんでしたか。

むしろ、聞いてもらえるのはありがたいと思いましたね。それに、ライバルだからとか関係なく、素直にわからないことを聞ける、その人がすごいなと思いました。自分にはまねできないですね。

夏いちご栽培を計画されたり、同業者にノウハウを教えたり……。その原動力はどこからくるのですか。

やっぱり、楽しいからですね。楽しいと思えることを続けていられることが幸せです。

ありがとうございました。まさに、山岸さんの来し方は「これを知る者はこれを好む者にしかず。これを好む者はこれを楽しむ者にしかず」という言葉のとおりですね。山岸さんの夢が叶うことを願っています。本日は長い時間、ありがとうございました。

(取材・文/髙久美優)

 

 

エキュバランス

京都府京都市左京区北白川山田町4−1

075-723-4444

https://equibalance.jp/

 

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