一歩先の見えるものが成功者で、現在を見えぬものは落伍者である。
小林一三の『逸翁叙伝』より抜粋。
この言葉の前に「百歩先の見えるものは狂人扱ひされ、五十歩先の見えるものの多くは犠牲者となる」とある。
現実の社会を観察すると、小林一三はやはり慧眼だったと思う。世の中のほとんどは「現在を見えぬもの」と言っていい。付和雷同とは、周囲の動きに合わせて多くの人が動くさまを言うが、SNSなどで多くの人がいとも簡単に操られる様子を見ると、そう思わざるを得ない。
いま、冬季オリンピックが行われているが、大会中、SNSで誹謗中傷を受け、精神的なダメージを受けている選手が多いという。そんなものを見るからそうなるのであって、せめて大会中くらい見ないでおこうという自制が効かなくなっている証拠だろう。
「一歩先が見える人」が成功者と言われる所以もわかる。彼らは大多数の人にとって〝常人〟の範疇にある。理解されやすいから多くの賛同者を得ることができる。
では、「百歩先の見えるもの」や「五十歩先の見えるもの」とはどういう人なのか。それは常人の及ばぬ智慧を持った人だろう。えてしてそういう人が社会を変革するが、当初は異端視されることが多い。そういう人たちを社会がどの程度まで許容できるか、そこに国柄の違いが出るのではないか。
さて、小林一三はこのなかのどの人だろう。やはり「一歩先が見える人」だったのだろう。
(260218 第890回)
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