「時給五百円で働く人間は二つに分かれます。五百円にしかならないと分かっていても精一杯働く奴と、手を抜いて時間を潰す奴です」
乙川優三郎著「まだ夜は長い」より
乙川優三郎の短編集『太陽は気を失う』のなかの「まだ夜は長い」に出てくるバーテンと客の会話である。
前後の会話を紹介しよう。
「時給五百円で働いたことがありますか。どんなに働いても五百円です。そういうときの人間は二つに分かれます。五百円にしかならないと分かっていても精一杯働く奴と、手を抜いて時間を潰す奴です、結果は同じでしょうか」
そう語るバーテンダーに、主人公の男が「何が言いたい」と尋ねる。
バーテンダーはこう語る・
「結局、手を抜いた奴は時給千円でも同じことをします、それが一生続くんです、たとえ世間的には成功しても人生の本当の喜びや充足とは無縁のままでしょう。老いてそのまま終わるのも手遅れの人生に気づくのも不幸ですが、五百円の値打ちもない生き方を選んだ結果ですから仕方ありません」
それを聞いた客は、かつてサラリーマンとして成功を収め、いまは無聊をかこつ男だが、こう言う。
「おもしろいことを言うじゃないか、もう一杯くれ」
(250826 第883回)
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