メンターとしての中国古典
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己の欲せざる所、人に施すこと勿れ

2020.01.21

己の欲せざる所、人に施すこと勿れ

 

 これは論語の言葉で、全文は以下の通りです。

「子貢問うて日わく、

一言にして以て身を終うるまで之を行うべき者有りや。

子日わく、其れ恕(ジョ)か。

己の欲せざる所、人に施すこと勿れ」

 その意味は、弟子の子貢が孔子に「人として一生涯貫き通すべき一語があれば教えて下さい」と聞きました。孔子が言うには、「それは恕」(相手への思いやり、恕と仁は同義語)と答えたが、(子貢には難しいと思ったのか言葉を継いで)「自分が嫌なことは人にするな」と言いました。

 

人間関係、マナーの基本

 

 この一節は人としてのあり方、礼儀の本質を説いたものです。人間は社会的動物であり、一人では生きていけませんし、良い人間関係が人生を左右すると言っても言い過ぎではないでしょう。たくさんのお金があっても、自分勝手で人の嫌がることばかりしていると、周囲に嫌われ寂しい人生になってしまいます。

 ここで大事なのが、この「己の欲せざる所、人に施すこと勿れ」という言葉です。

 では、自分がされて嫌なことは何か、と考えてみるとこんな感じです。

 

・暴力をふるわれること

・無視されること

・上から目線で見られること

・悪口を言われること

・事細かく指示・管理されること

・自分の話に割り込み遮られること

・満員電車で前に座っている人に足を組まれること

・自慢ばかりされること

・納得できないことを強要されること

・専門用語を当たり前のように話されること

・約束を破ること などなど

 私の場合は以上のようなことですが、他人は何が嫌いかはわかりませんから、少なくとも自分が嫌なことを人にするのはやめておこうということです。

 

黄金律と白銀律

 

 黄金律(Golden Rule)は、キリスト教世界などの倫理感で、「他人にしてもらいたいと思うような行為を人に対してせよ」という能動的なルールです。一方、白銀律(Silver Rule)は「自分がされたくないことを人にしてはいけない」という控えめなルールです。ここで主な宗教の教えを見てみましょう(儒教は宗教ではありませんが)。

 

・キリスト教では、「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい」(マタイによる福音書)

・儒教では、「己の欲せざるところ、他に施すことなかれ」(論語)

・ユダヤ教では、「自分が嫌なことは、ほかのだれにもしてはならない」(トビト記)

・ヒンドゥー教では、「人が他人からしてもらいたくないと思ういかなることも他人にしてはいけない」(マハーバーラタ)

・イスラム教では、「自分が人から危害を受けたくなければ、誰にも危害を加えないことである」(ムハンマドの遺言)

 そして、アイルランドの文学者・戯曲家・教育者のジョージ・バーナード・ショーは、「黄金律というのはないというのが黄金律だ」「別の人にしてもらいたいと思うことは人にしてはならない。人の好みというのは同じではないからである」 (Maxims for Revolutionists; 1903). という言葉を残しているそうです。

 

ハラスメントの本質

 

 現代の社会的な問題の代表格にハラスメントがあります。セクハラから始まり、パワハラ、マタハラとどんどんハラスメントが増えています。嫌がらせを総称してハラスメントといいすが、ポイントは悪意ですることは論外として、良かれと思った言動でも相手が不快に感じれば、それはハラスメントということです。つまり、黄金律をそのまま適用するとハラスメントにつながる危険性があるということです。

 人の感じ方は百人十色、ダイバシティが叫ばれる現代社会では、孔子の言葉が生きてきます。「己の欲せざる所、人に施すこと勿れ」。そして前述のバーナード・ショーの言葉も振り返ってみると「黄金律というのはないというのが黄金律だ」「別の人にしてもらいたいと思うことは人にしてはならない。人の好みというのは同じではないからである」。

 最近はハラスメントに対処するために法整備も進んでいますが、グレーゾーンがたくさんあって、最後は一人ひとりの倫理観の問題になってきます。

 社会の倫理観を高めるには、親や社会的立場のある人が模範となる行動を示すことが肝要でしょう。しかし、残念ながら社会的な地位と倫理観とは比例しないようです。政治の世界や大きな組織では、高い地位に就くと権力が生まれ、権力欲に飲み込まれてしまう人も少なくないようです。地位や権力ある人に対し、周囲は媚び諂うので、誤った全能感を与え傲慢さを増長し、ハラスメントを誘発します。セクハラは理性を超えた人間の性的欲求が背景にあることも否定できません。その他のハラスメントも人を蔑んだり、攻撃することで自己重要感を高めようとする誤った欲求が人の心の根底にあるように思います。

 

人間は進歩していない

 

 2000年以上前に書かれた中国古典が今でもその価値を失わないのは、内容が人間の本質を捉えたものであるからでしょう。また人間は基本的に進歩していないからではないでしょうか。科学技術は日々進歩し、次の時代へと受け継がれ、物質的にはどんどん豊かな社会になりました。しかし、人間のありようは、基本的にあまり変わっていないと思います。人間は生まれるとゼロからスタートで、生きる知恵を一から学んで行かねばなりませんから。

 人間の欲は人や社会を成長させる源泉ですが、欲を貪ってしまうと倫理的道徳的な問題を引き起こします。この薬にも毒にもなる欲というものとどうつき合って行くのか。その答えを見出し実践するために、一生学ぶ必要があるのでしょう。倫理観を高めるこれといった方法はないのでしょうが、「己の欲せざる所、人に施すこと勿れ」の言葉を継承していきたいものです。

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Profile

三村 邦久

三村 邦久

1961年、兵庫県生まれ。

株式会社アイパートナー代表。中小企業診断士。著書に『「愚直経営」で勝つ!』(PHP研究所)、『豊かな働き方 貧しい働き方 自分と組織のマネジメント論』『うーにゃん先生の持ち味コーチング』(いずれもフーガブックス)。

株式会社アイパートナーHP

http://www.i-partner.co.jp

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