日本人として覚えておきたい ちからのある言葉【格言集・名言集】
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偉人たちの言葉には、いつの時代にも通用するメッセージがこめられています。

それぞれの時代を懸命に生き、一事をなした彼らの一言だからこそ、今もなお私たちの心を揺さぶり続けるのです。この格言集は、古今東西の格言・名言をご紹介する不定期コラム。

みなさんの“心の栄養”として、時折ご覧いただければ幸いです。

 

Kakugen

真面目になるが人の衰え
『武玉川』(江戸時代の句集)
『武玉川』は江戸の俳諧書。江戸俳諧のうち秀逸な句を集めた本書が、玉川上水のごとく江戸市民の口を潤すようにとの願いを込めたタイトルだ。市井の人々の日常や人生を、悲哀とユーモアたっぷりに詠んでおり、現代の私たちにも共感できる作品がたくさんある。その『武玉川』に登場する一作がこの句。あらゆることに遊び心と色艶を求めた、江戸っ子らしい一言だ。(110515第14回)…続きを読む
 
われ、十四歳のことがまたあるか。
徳川 頼宣
徳川頼宣は家康の十男にして、紀伊徳川家の藩祖。幼い頃から気骨の溢れる少年だった頼宣は、十四歳のとき大阪の陣で初陣を飾る。先鋒に立つことを望んだ頼宣だったが、家康はこれを認めずに後方に詰めさせる。そして大阪城は落城。悔し涙に暮れる頼宣に、家臣は「殿はまだお若い。また戦はあるでしょうから…」と慰めるが、そのときに言い放ったのがこの言葉。頼宣は二十歳のときも三十歳のときも、常にこの言葉を心がけていたのではないだろうか。十四歳の頼宣の言葉を、家康は褒め讃えたと伝えられている。(110415第13回)…続きを読む
 
人間と言うものは、いついかなる場合でも、自分の巡り合った境遇を、もっとも意義あらしめることが大切だ。
米内 光政
米内光政は旧日本海軍の軍人であり、第37代内閣総理大臣でもある。1930年に中将となった米内だが、赴任したのは海軍内で「クビ5分前」「島流し」などと呼ばれた閑職。しかしその境遇を逆手にとり、米内はありとあらゆる本を読み、膨大な知識や教養を身につけた。海軍大臣になった米内は当時を振り返り「閑職時代の読書の癖が、いまの大事な仕事をするのに非常に役立っている」と語っている。巡り合った不遇の時代を、自らチャンスに転換した米内光政の一言。(110415第12回)…続きを読む
 
勤勉と努力が戦後復興を促した
江戸英雄
江戸英雄は昭和を代表する経営者の一人。焼け野原から始まった日本の戦後復興について、次のように語っている。「日本はどん底状態から立ち上がって今日の姿になりました。(中略)日本人特有の勤勉と努力の成果である」この度の震災で亡くなられた方のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。(110315第11回)…続きを読む
 
たゆまざる歩み恐ろしかたつむり
北村 西望
北村西望は、長崎の平和祈念像を作成した彫刻家。平和祈念像を制作中のある夜、足下にいたかたつむりが、翌朝には像の上の方にまで達していた。これに西望はいたく感動し、上の句を詠んだと言われている。不遇の時代が長く、何度も彫刻の道を諦めようとした西望。それでも歩みをやめずに、淡々と活動を続けて地位を築いた自分を、かたつむりに重ね合わせたのだろう。(110315第10回)…続きを読む
 
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