日本人として覚えておきたい ちからのある言葉【格言集・名言集】
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格言集

偉人たちの言葉には、いつの時代にも通用するメッセージがこめられています。

それぞれの時代を懸命に生き、一事をなした彼らの一言だからこそ、今もなお私たちの心を揺さぶり続けるのです。

この格言集は、古今東西の格言・名言をご紹介する不定期コラム。

みなさんの“心の栄養”として、時折ご覧いただければ幸いです。

 

森の中で道が二つに分かれていた。そして私は人があまり通っていない道を選んだ。そのためにどんなに大きな違いができたことか
ロバート・フロスト

 アメリカの詩人、ロバート・フロストの『The road not taken(歩む者のいない道)』という詩の中の一節。

 

 始まりはこうだ。

─ 黄色い森の中の道が二つに分かれていた 

  残念だが両方の道を進むわけにはいかない

  一人で旅する私は、長い間そこにたたずみ

  一方の道の先を見透かそうとした

  その先は折れ、草むらの中に消えている…… 

 

 同じように見えた二つの道。

 フロストは草が生い茂る道を選んだ。

 その道は誰かが通るのを待っていたからと。

 

 そして最後にこう締めくくる。

… いま深いためいきとともに私はこれを告げる

  ずっとずっと昔

  森の中で道が二つに分かれていた

  そして私は・・・

  そして私は人があまり通っていない道を選んだ

  そのためにどんなに大きな違いができたことか ─

 

 ある人が言った。

 「ぼくは人の逆をやろうと思っています」と。

 その理由は西式健康法の創始者、西勝造氏の思想にあった。

 13歳のときに医者から20歳まで生きられないと宣告された西氏は、医者がいうことの逆をやってみた。その結果、病状はみるみる改善したという。

 

 人と同じがいいわけではない。

 だからといって、違うことだけがいいともかぎらない。

 人生は選択の連続。

 何を選ぶかは自分次第。

 たとえ大衆の意見に逆らうことであったとしても、自分で選んだ道なら悔いはない。

 みんな違うってことは、みんな同じなんだから。

(170326  第296回)

 
学ぶほど、練習するほど、自分には運が向いてきた
ゲイリー・プレーヤー

 南アフリカ・ヨハネスブルグ出身のプロゴルファー、ゲイリー・プレーヤーの言葉である。

 御年81歳の今も現役で活躍する彼は、昨年4月に行われたマスターズ前日の「パー3コンテスト」で、ホールインワンを記録して会場を沸かせたという。

 

 運を良くするための秘訣は何か。

「それはな、徳を積むことや」

 松下幸之助翁は言った。

 徳を積むとは、人のために尽くすことなのだと。

 

 そしてまた、自身の経営をこう振り返った。

「成功は運がよかったから。失敗は自分に力がなかったから。そう考えて経営をやってきた」

 

 そう。

 幸之助翁ははっきりと言っているのだ。

 失敗は自分の力不足であって運の悪さではないと。

 

 人のためと思うなら、まずは自分に力をつけること。

 それができてはじめて、人を喜ばせることができる。

 人を喜ばせることができれば、運は喜んでやってくるだろう。

 

 学ぶほどに、練習するほどに、運は向こうからやってくるのだ。

(170323 第295回)

 
無明を押さえさえすれば、やっていることが面白くなってくると言うことができるのです
小林秀雄

 本欄に何度も登場している小林秀雄。彼と数学者の岡潔氏の対談集である『人間の建設』から抜粋した。

 日本が誇る天才数学者と近代批評の確立者がそれぞれの知性をぶつけ合い、「人間とは」を追求する。

 

 無明とはなにか。

 ある人は無知といい、ある人は自我という。

 小我であったり、本能の元でもあるのだそうだ。

 要するに、自分勝手に解釈し、それによって行動する、色眼鏡をつけた智恵というのだろうか。

 物の本には「正しくない知恵」とか「誤った知恵」とあったが・・・。

 禅僧で作家の玄侑宗久氏に言わせると、「だれにもよくわからないから無明なのだ」そうだ。

 なるほど、それもそうか。

 

 その無明。

 かなしいかな、放っておくと勝手きままに歩きはじめてしまう。

 あっちにふらふら、こっちにふらふら。

 

 良寛は、冬の夜の雨を聞くのが好きだったという。

 しかし、雨の音を聞いても、はじめはそれほど感じない。

 それを何度もじっと聞いていると、そのよさがわかってくるのだと。

 

 小林は言う。

「そういう働きが人にはあるのですね。

 雨のよさというものは、無明を押さえなければわからないものだと思います」

 

 なにかをとことん極めたところに、そのものの本当のおもしろさがある。

(170320 第294回)

 
今日という日は、残りの人生の最初の日である
チャールズ・デードリッヒ

 映画「アメリカン・ビューティー」のセリフにも引用され、1960年代のアメリカで流行した「Today is the first day of the rest of your life 」という格言。
 薬物中毒患者救済機関の施設“シナノン”の設立者であるチャールズ・ディードリッヒの言葉だ。

 

 昨日のつづきの今日という日。
 毎日が、これからもずっとあたりまえにつづくと思っていたあのころは、明日につづく今日だった。
 しかし、今日が明日へと必ずつづくとは思わない今、今日の重みをひしひしと感じる。

 

「明日死ぬと思って生きなさい。永遠に生きると思って学びなさい」という、ガンジーの言葉が身にしみる。

 

 平穏無事にすごしているときは、死を意識することはほとんどない。
 身近に死を感じたり、命の危険にさらされて、ようやく命には期限があることを考える。
 死はたしかにやってくるのだと。
 
「残りの人生」を真剣に考えたとき、今日という日は特別な日に変わることだろう。
(170317 第293回)

 
からだに刻んでゆく勉強が大事
宮沢賢治

「雨ニモマケズ風ニモマケズ」でお馴染み、宮沢賢治の言葉である。
 詩人、童話作家、農業指導者、音楽家など、多才な賢治も37歳の若さでこの世を去った。

 残された数多くの作品は、今なお世界中で愛され、読み継がれている。

 

「からだに刻んでゆく勉強」を、あえて説明する必要はないだろう。
 頭ではなく、体でおぼえる。
 体に記憶させるのだ。
 
 江戸期の子供たちは四書五経をすらすらと暗唱した。
 意味を知ることもなく。
 そのときが来ると、目の前の霧が晴れるように意味がわかるという。
 体が記憶するとは、そういうことだ。
 体に刻まれた記憶は、時間を経ても色褪せるどころか、くっきりとその輪郭をあらわし必要に応じて形となる。

 

「学ぶ」は「まねぶ」から派生した言葉。
 手本を何度も何度も繰り返し体に刻み込んでゆくことで、学んだことは生きてくる。

 人の一生が学びだとするならば、雨にも負けず、風にも負けない学力を身につけたい。
 (170314 第293回)

 
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