日本人として覚えておきたい ちからのある言葉【格言・名言】
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偉人たちの言葉には、いつの時代にも通用する普遍性があります。それぞれの時代を懸命に生き、一事をなした人たちの一言だからこそ、今もなお私たちの心を揺さぶり続けるのです。

“心の栄養”として、活用してください。

Kakugen

明日ありと思う心の仇桜 夜半に嵐の吹かぬものかは
親鸞
 浄土真宗の開祖、親鸞聖人がまだ若松麿だったころ。その幼名を捨て、9歳で得度したときに詠んだ歌である。 幼くして父母を亡くした若松麿が出家を願い出、剃髪しようとしたそのとき、いたいけな姿を見守る周囲の一人が「時間も遅いし明日にしてはどうか」という言葉に対する返答だった。「明日ありと思う心の仇桜 夜半に嵐の吹かぬものかは」 明日もまだ咲いていると思っている桜も、夜中に嵐が来て散ってしまうかもしれない。「人の心はいつ変わるとも知れず、せっかくの決意も一夜で霧消してしまうかもしれません。どうぞ情けはお捨てになって、髪を剃ってください」 幼き若松麿の心の声が聞こえてきそうだ。 9歳とは思えない覚悟である。「明日でいい」と思っていたら、機を逃してしまったということはよくあること。 …続きを読む
 
春の一番いいところは、春が来ることだ
『ぼのぼの』より
 いがらしみきおの漫画、ラッコが主人公の『ぼのぼの』は以前にも紹介したことがある。 なんてことない会話ひとつとっても、ぼのぼのの言葉はあまりに真理をつきすぎていて、思わずうなってしまう。「春の一番いいところは、春がくること」 これぞまさしく禅の境地ではないか。 色眼鏡で見ることなく、ありのままの姿をありのまま受け入れる。 禅語にもある。 「柳は緑、花は紅、真面目(しんめんもく)」と。 この大自然、大宇宙は、人間の計らいごとなど頓着しない。 損得勘定も一切の煩悩もなく表れた自然の風景こそ、真実であると。 イタリア文学者の須賀敦子は、あらゆる世代はそれぞれの時代を愛すべだきと言った。 この世はすべて生々流転。 めぐる季節は、人の一生と同じ。 その季節、季節を愛でることで人生は…続きを読む
 
人を感動させる音楽というのは、うまいとか、へたとかではなく、いろいろな人生体験を経て、でてきた音楽だと思う
フジ子・ヘミング
 天才ピアニスト、フジ子・ヘミングの言葉はずっと前にも紹介した。だから、彼女についての紹介は省略。有名だから、名前ぐらいは聞いたこともあのではないか。 人は感じる生き物、感動を求める生き物だ。 小さな感動、大きな感動、そのものから伝わってくるものを全身で感じとっている。 感動こそが生きる原動力といっても過言ではないだろう。 とはいえ、喜びや楽しみだけが感動じゃない。 感動とは、心が感じて動くこと。 そう、人間が感じる情、喜怒哀楽という感情をゆさぶるられることが感動なのだ。 優れた技術は、もちろん感動に値する。 しかし、それ以上に重要なのは、魂が込められているか、心がこもっているか、楽しんだ痕跡があるかどうか。 未熟ながら感動するものもあれば、熟練したものが大きな感動をもた…続きを読む
 
すべてを奪われても、あたえられた環境でいかにふるまうかという、人間としての最後の自由だけは奪えない
ヴィクトール・E・フランクル
 精神科医であり心理学者のヴィクトール・E・フランクルの言葉。 ナチスの強制収容所での体験を綴った『夜と霧』は世界的ロングセラーとして今なお読み継がれている。その中の一文を抜粋した。 この一文、正しくはこうだ。「人は強制収容所に人間をぶちこんですべてを奪うことができるが、たったひとつ、あたえられた環境でいかにふるまうかという、人間としての最後の自由だけは奪えない」 想像を絶する強制収容所での生活でさえ、人は人間らしくふるまうことができると、フランクルは言う。だが、それも、ごくごく限られた、ひと握りの人たちだけであったと。 崇高な精神の持ち主は、たとえ地獄に身を置いたとしても、人間の尊厳、人としての思いやりの心は忘れない。 そしてまた、環境や状況を理由に、自らを堕落させるよ…続きを読む
 
人間というものは、現に持っている物に加え、さらに新たに得られるという保証がないと、現に持っている物ですら保有しているという気分になれないものである
マキャヴェッリ
『君主論』でお馴染み、イタリア、ルネサンス期の政治思想家であり、フィレンツェ共和国の外交官であるニッコロ・マキャヴェッリの言葉である。君主論に並んで有名な『政略論』からの抜粋。 今、マキャヴェッリが注目を浴びている。世界情勢が荒れる中、今こそマキャヴェッリから学ぶべきだと、フランスの中世史家、パトリック・ブシュロン氏も某新聞で警鐘を鳴らしていた。 この言葉を要約すれば、こういうことだ。「足りていることに気づかない」 持っているものはいろいろあるのに、新しい何かが得られなければ、持っているものさえ無いに等しいと感じる。 どんなに手にしても、足りていない、持っていないと勘違いする。 老子の声が聞こえてきそう。「足るを知れ!」と。 外側にばかり目を向けず、自己の内側に目を向けろ…続きを読む
 
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