見て、見つめて、見みきわめる
「今も現役だから、僕には老後がない」と言って、98歳まで現役で絵を描きつづけた細密画家の熊田千佳慕氏。
自ら〝ビンボーズ〟と名付けるほどその生活は困窮を極めていたそうだが、それでも描いた絵は一枚も売らず手元に残していたのだとか。千佳慕氏にとって仕上がった絵は、神と交わした会話の記録。この言葉も神から授かったものだ。
ないものはないというほど、物であふれかえる現代。
便利なものも多くなった。
あれがダメならこれ、これがダメならあっちはどうだと、次から次へと新たなものに変えてゆく。
物だけじゃない。
人も、価値も、情報も、さまざまなものが使い捨てになってしまった。
まるでこの世は、行き場をなくしたものたちの墓場のようではないか。
画家としてスタートを切ったときの千佳慕氏の手元には、たった一本の鉛筆と紙しかなかったという。
消しゴムはない。
ゆえに間違いはゆるされない。
慎重に、丁寧に、鉛筆を走らせねばならなかった。
そのときである。
「物をよく見て、見つめて、見きわめる。そして線を確認して鉛筆を走らす」
神からの啓示か、突如、この言葉が降りてきた。
見て、見つめて、見きわめる。
何を削り、何を生かすのか。
その峻別は、じっくり観察してこそ可能となる。
ひとつのものととことん対峙することで、対象物の輪郭は自ずと浮き上がってくる。
あっちこっちと目移りしていては、いつまでたっても本当に必要なものはつかめない。
手に入れたい何かがあるなら、よく見て、見つめて、見きわめる。
物であふれかえる今だからこそ、ひとつのものとじっくり対峙してみよう。
(180321 第414回)