日本人として覚えておきたい ちからのある言葉【格言・名言】
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偉人たちの言葉には、いつの時代にも通用する普遍性があります。それぞれの時代を懸命に生き、一事をなした人たちの一言だからこそ、今もなお私たちの心を揺さぶり続けるのです。

“心の栄養”として、活用してください。

Kakugen

不幸は突然くるかも知れぬが、幸福は突然はやってこない
吉屋信子
 大正から昭和にかけて活躍した小説家、吉屋信子の言葉である。 新渡戸稲造の「良妻賢母となるよりも、まず一人のよい人間とならなければ困る。教育とはまずよき人間になるために学ぶことです」という言葉に感銘をうけた吉屋は、女性であっても学ぶことで一人の自立した人間になれるのだと考え、積極的に短歌や小説を投稿しつづけたという。 ある日突然、不幸が襲うということはある。 自ら蒔いた種がそうさせるときもあれば、不意にやってくることも。 どちらにせよ、不幸というのは「じわじわ」というより「ヒュッ」といきなり、どこからともなく飛んでくることの方が多い気がする。 曲がり角での衝突事故や、空から降ってくる鳥の糞のように。 けれど幸福はどうか。「は〜、しあわせ〜」と心の底から思えるような幸福は、…続きを読む
 
本当に望まない「不足」を楽しめることこそ真の「風流」であり、それができる人が「曲者」といえるだろう
玄侑宗久
 彼こそ「曲者(くせもの)」と言いたい。玄侑宗久氏である。 禅僧と作家という名を双肩にのせ、此方彼方へと自由気ままに意識を遊ばせる。語る話はおもしろい。だって、お坊さんなのにあまりお坊さんっぽくないから。だから「ふむふむ」とミョーに納得してしまうのだ。 「不足」が「風流」であり、 そうなったらもう、「曲者」だという。  風流人というのは、いかにも雅やかで不足しているものなどないような上流階級の人を思わせるが、どうやらそうではないらしい。 本来、「風流」というのは千利休の名が示すように「名利共に休す」、つまり、権力や名誉などには無関心、名もなければ華美なものもない、身を飾るものがないことこそ心おだやかであるという状態。 この不足を楽しめる人を風流人という。 しかし、ここがミ…続きを読む
 
愛しているところに美があるからです
猪熊弦一郎
 白地に赤で有名な三越の包装紙をデザインしたのがこの人。画家の猪熊弦一郎である。無類の猫好きで知られる彼は「いちどに1ダースの猫を飼っていた」といい、愛してやまない猫たちを作品のモチーフにすることも多かった。 マティスに師事したというだけあって、彼の描く猫たちはアーティスティックでありながら、まるで子供の絵のようなのびやかさがあり、おちゃめなにゃんこたちにメロメロになってしまう。 猪熊氏が猫をかく理由はこうだ。「愛しているものをよく絵にかくんです。愛しているところに美があるからなんです」 愛しているところに美がある。 そう。 美しいから愛するのではない。 愛するから美しくなるのだ。 どんなに美しいものも、愛(め)でなければ美もかすむ。 大自然が美しい調和で成り立っているの…続きを読む
 
世の中に「?」と「!」と両方あれば、他にもうなにもいらん
まど・みちお
「ぞ〜うさん、ぞ〜うさん、お〜はながながいのね…」でおなじみ、まど・みちお氏の名言である。童謡詩人のまどさんは、簡単な言葉で真理を語る天才だった。子供の目線は神のごとく、鋭い指摘をこれでもかと大人たちへ繰り出す。まどさんは、つたない言葉しか話せない子供たちや、人間の言葉を話せない動植物たちの代弁者だったのだろう。彼らの言葉を大人たちにもわかるようにと手助けしていたのに違いない。「?」と「!」。 これほどわかりやすい表現はない。 これはなに? なんなんだこれは?! そうだったのか!「?」と「!」がつくだけで、心の動きが手に取るようにわかる。「?」と「!」は心の言葉。 感じて動いた心の声。「?」と「!」がぎゅうぎゅうに詰まっている子供の世界はやがて、「、」と「。」に支配されて…続きを読む
 
知ることは越えることです
松原泰道
 長生きしたければ僧を見倣えとは誰の言だったか。僧侶は往々にして長命であるというのは事実らしい。人生100年時代と言われる近年以前からすでに、僧侶たちの寿命は長かった。寝たきりになることも少なかったに違いない。 この人も例に漏れず、101歳でこの世を去った。龍源寺元住職、松原泰道老師である。生前、和尚は禅のことばをわかりやすく、市井の人たちに説いていた。その理由がこの言葉に集約されている。 禅の真髄は「不立文字、教外別伝」と言われる。 にもかかわらず、禅語は無数に存在する。 なぜか。 禅のこころは執着しないことにあるからだという。 だから不立文字も教外別伝にも執着しない。 なんだか適当すぎるようなしないような…。 まあとにかく、禅は禅であって禅でない。 それくらい器の大き…続きを読む
 
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