日本人として覚えておきたい ちからのある言葉【格言・名言】
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偉人たちの言葉には、いつの時代にも通用する普遍性があります。それぞれの時代を懸命に生き、一事をなした人たちの一言だからこそ、今もなお私たちの心を揺さぶり続けるのです。

“心の栄養”として、活用してください。

Kakugen

美しいものを生み出すためには醜い時間を経なければならなかった
多田富雄
 世界的な免疫学者、多田富雄の言葉だ。生命のしくみに美を発見した多田は、突如襲われた脳梗塞で、それまでのすべてを奪われた。しかし彼は不屈の人だった。言葉も体の自由も奪われ奈落の底へ突き落とされてもなお、必死にリハビリに励み這い上がった。不自由な体で闘病記やエッセイ、新作の能の脚本を精力的に執筆したという。 善悪、楽苦、長所と短所。 光と闇と、美と醜と。 相対するものは常に一対であることを、すでに何度も書いてきた。  しかし、多田氏の著書に出会って、まだまだ勉強不足だったことを思い知った。 医学生だった彼が、初めてお産に立ち会ったときのことである。 生まれてきた赤ん坊はへその緒が巻きついていたこともあって、全身は紫色。しわくちゃの顔は老人のようで、かわいいどころか醜い肉の塊…続きを読む
 
一日背負っている、生きているいのちの重みはもしかしたら、地球の重みかもしれませんね
石垣りん
 大正時代の詩人、石垣りんの言葉である。エッセイストの山下景子さんの著書『しあわせの言葉』より抜粋した。山下さんの言葉に対する愛情は、詩人・石垣りんに違わずすばらしい。彼女が紡ぐ言葉を読むと、古きよき日本の心が思い出される。 ずいぶん昔に思ったことがある。 この地球は人間みたいだな、と。 いや、人間は地球なんだな、と。 古い手帖に書き記してあった。「川は血液、海は心臓。山や湖はツボなのか? 核なるものは脳であり、ゴミはウンチか? ということは、人は…地球の細胞? そうか、人類は地球にとっての細胞なんだな。何千、何億という人間は、人体をつくっている何千、何億という細胞と同じなんだな」 と。  何を根拠にそう思ったのかはわからないけど、ふとそう思ったのを今でもはっきり覚えてい…続きを読む
 
あなたの大きさは、あなたの心を乱すものの大きさなのですよ
渡辺和子の母
 一昨年の暮れに逝去したノートルダム清心学園理事長、シスター渡辺こと渡辺和子さん。彼女のお母さんが口癖のように言っていた言葉のひとつがこれだった。母親はとくに末娘のシスターには厳しかったという。 あなたはどんなことで心乱されますか? 人? 言葉? 行動?。 他人に? それとも身内に? あるいは自分自身? 人はどんなに冷静を装ってみても、何かの拍子で心乱されることがある。 きちんと閉ざしていたはずの心の隙間に、ひゅるると風は容赦なく入りこんでくるから。 冷たい風ならぶるっと体は震えるだろうし、熱風であれば思わず顔を背けたくなる。 なにはともあれ、一陣の風は静かな木立をざわつかせるように、おだやかな心をざわざわと波立たせる。 それがプラスに作用するときはいい。 マイナスに作用…続きを読む
 
不幸は突然くるかも知れぬが、幸福は突然はやってこない
吉屋信子
 大正から昭和にかけて活躍した小説家、吉屋信子の言葉である。 新渡戸稲造の「良妻賢母となるよりも、まず一人のよい人間とならなければ困る。教育とはまずよき人間になるために学ぶことです」という言葉に感銘をうけた吉屋は、女性であっても学ぶことで一人の自立した人間になれるのだと考え、積極的に短歌や小説を投稿しつづけたという。 ある日突然、不幸が襲うということはある。 自ら蒔いた種がそうさせるときもあれば、不意にやってくることも。 どちらにせよ、不幸というのは「じわじわ」というより「ヒュッ」といきなり、どこからともなく飛んでくることの方が多い気がする。 曲がり角での衝突事故や、空から降ってくる鳥の糞のように。 けれど幸福はどうか。「は〜、しあわせ〜」と心の底から思えるような幸福は、…続きを読む
 
本当に望まない「不足」を楽しめることこそ真の「風流」であり、それができる人が「曲者」といえるだろう
玄侑宗久
 彼こそ「曲者(くせもの)」と言いたい。玄侑宗久氏である。 禅僧と作家という名を双肩にのせ、此方彼方へと自由気ままに意識を遊ばせる。語る話はおもしろい。だって、お坊さんなのにあまりお坊さんっぽくないから。だから「ふむふむ」とミョーに納得してしまうのだ。 「不足」が「風流」であり、 そうなったらもう、「曲者」だという。  風流人というのは、いかにも雅やかで不足しているものなどないような上流階級の人を思わせるが、どうやらそうではないらしい。 本来、「風流」というのは千利休の名が示すように「名利共に休す」、つまり、権力や名誉などには無関心、名もなければ華美なものもない、身を飾るものがないことこそ心おだやかであるという状態。 この不足を楽しめる人を風流人という。 しかし、ここがミ…続きを読む
 
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