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自分が好きなことを見つけて無我夢中で取り組み、ひとつずつ目標をクリアする。そうやって愉しみながら、自分という人間をぶ厚くしていく……。今がベストで、未来には未知の楽しみがある。これが、多樂の本質である、と『多樂スパイラル』のまえがきで書いたが、その原理原則は今も変わっていない。

日々の生活のなかで、森羅万象に潜む多樂をいかに味わうか。心に映りゆくよしなごとを書き留めておこう。それが読者の方々にとって、なんらかのスパイスになればとの願いもこめて…。

 

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自然発生の国と人為的建設国家

2014.03.23

ヴァンドーム広場 世界には、自然に発生した国と人為的に建設された国がある。

 日本は前者に含まれるが、では、日本以外にそういう国はあるかといえば、私が知る限り、ない。

 よく、海外に行くと、大きな公園にはおびただしい数の銅像や石像、モニュメントがある。それらを見て、「過去の偉人を顕彰するのはいいことだ。ひるがえってわが国は……」と思ったものだが、いまはそう思わない。自然発生的にできた国なので、国家建設のモニュメントを刻む必要がないということがわかったからだ。

 もちろん、時代の転換期における偉人はわが国にも数多くいる。特に明治維新とその後の新国家建設における功労者は枚挙にいとまがない。しかし、日本では彼らでさえ色あせてしまうくらい、自然発生的に国ができたということが偉大なのだ。何もないところから国ができたことを思えば、ある時代の功労者とはいえ、「ちっちゃいちっちゃい」というわけだ。

 靖国神社に大村益次郎の銅像がある。私はずっと、「なんで?」と思っていた。

 もちろん、彼が日本陸軍の創設者であり、戊辰戦争で活躍した人だというくらい知っている。でも、なぜ、彼が? と。大村益次郎があるのなら、日本海軍の父である山本権兵衛はなぜないのか? と。

 ひとことで言うと、やはり日本の風土に銅像やモニュメントは似合わない。必然性があってできたモニュメントはその限りではないが、後に恣意的な判断で作られたモニュメントや銅像は、どうやら場違いな感じがする。

 右上の写真は、パリのラ・ペ通りにあるヴァンドーム広場の中央に立つ円柱。ヴァンドーム広場はルイ14世を称えるためにつくられ、その円柱はナポレオン1世がアウステルリッツの戦いで勝った記念に建てたもの。はっきり言って、示威行動によるモニュメント以外のなにものでもない。そもそもヴァンドーム広場は「征服広場」という名だったこともある。

 日本の風景の主役は、あくまでも自然。山紫水明、花鳥風月の国だ。だから、「こういう人が、こういうことをしましたよ」と誇示する必要がない。そこにこの国の素晴らしさがある。

 もちろん、だからといって、すべての銅像やモニュメントを否定しているわけではないからね。

(140323 第495回 写真上はヴァンドーム広場の円柱)

 

 

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