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自分が好きなことを見つけて無我夢中で取り組み、ひとつずつ目標をクリアする。そうやって愉しみながら、自分という人間をぶ厚くしていく……。今がベストで、未来には未知の楽しみがある。これが、多樂の本質である、と『多樂スパイラル』のまえがきで書いたが、その原理原則は今も変わっていない。

日々の生活のなかで、森羅万象に潜む多樂をいかに味わうか。心に映りゆくよしなごとを書き留めておこう。それが読者の方々にとって、なんらかのスパイスになればとの願いもこめて…。

 

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「四方よし」のお手本

2013.11.02

竹の子学園 広島で木原伸雄さんを取材した。

 木原さんは、『Japanist』に「志路・竹の子学園物語」という題で、12回連載をしていただいたことがあるので、名前を記憶している方もいるだろう。

 竹の子学園とは、4月から11月まで毎月1回、親子での農業体験を通して、子どもたちの感性を育み、親子の絆を深め、さらに地域の人たちとの交流を図るということを目的に今から10年前に始められた。運営は、木原さんをはじめ、地域の人たちの善意でまかなわれ、補助金はいっさい受けていない。

 この活動は、さまざまな意味で全国の模範になると思う。

 まずは、子どもたちへの生きた教育だ。〝○○○狩り〟といった、単にレジャー的要素の濃い農業体験ではなく、竹の子学園では、種蒔きや苗植えから収穫まで一貫して農作物の成長に関わっていく。その間に肌で学べることは無限にあるだろう。食べ物に対する感覚も研ぎ澄まされていくはずだ。また、年齢差のある子どもたちと触れあうことにより、長幼の序も自然に体得できる。長幼の序と書くと、いかにも古めかしいが、要するに年上の子は年下の子の面倒を見、年下の子は年上の子を敬うという自然の序列である。実際、竹の子学園に通っている子はこういった概念が育ち、向学心も高まるという。つまり、親があれこれうるさく言わなくとも、ある環境に放り投げれば、子どもたちは順応するということだ。

 一方、親が得るものも少なくない。なにより、自分の子どもの特性を知る上で恰好の機会となっている。

 さらには、地域の人たちだ。これから急速に高齢化社会になっていくが、地域のなかで高齢者がどうあるべきか、真剣に語られることは少ないようだ。

 人間は、自分の役割を認識できてこそ生きる気力が湧いてくる(と、私は思っている)。高齢者は体力の衰えと引き替えに、若い世代にないものをもっている。それは経験であり、経験に裏打ちされた知恵であり、時間である。人によっては、経済的な余力もあげられる。事実、亡くなった時に残す預貯金は、平均で2,000万とか3,000万円などと言われるのだから、他の世代より潤沢にキャッシュを持っているといってまちがいではないだろう。

 ことほどさように高齢者の多くは「持てる者」だが、概してそれらをうまく活用することができていない。

 そこで求められるのが、子ども+親+地域の高齢者をうまくつなぐコーディネーターである。木原さんは、長年の会社経営、あるいは社会奉仕活動によって培った知恵と人脈を生かし、見事にその役割をこなしている。だから、竹の子学園に参加している高齢者の方々は輝いている。それはそうだろう。自宅に閉じこもってばかりいても老いる一方だが、子どもたちやその親、あるいは地域のサポーターたちと交わり、自分の知恵と知識と技術を実践指導できるのだ。

 そして、ここが重要なのだが、子どもからお年寄りまでが濃密に関わっていくなかで、地域が活性化されていく。たしかに、表面的には人口減少など問題も山積しているようだが、要は中身だ。どんなに人口が増えようが、社会が殺伐としていたら意味がない。

「こういう活動でダメになっているところは、補助金をもらっているところです」

 木原さんのこの言葉に、ありあまるほどのヒントが含まれている。

 行政が主導して、木原さん以上に「四方よし」を実践している例は皆無だろう。ここにも「税金がうまく生かされたためしはない」という鉄則が現出しているのである。

(131102 第463回 写真は竹の子学園のサツマイモ掘り)

 

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