日本人として覚えておきたい ちからのある言葉【格言・名言】
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偉人たちの言葉には、いつの時代にも通用する普遍性があります。それぞれの時代を懸命に生き、一事をなした人たちの一言だからこそ、今もなお私たちの心を揺さぶり続けるのです。

“心の栄養”として、活用してください。

Kakugen

きみたちの大事な友人のなかに、ぜひとも加えてほしいのが孤独という友だ
内海隆一郎
 前回にひきつづき、内海隆一郎氏の言葉を紹介しよう。同じく『父から娘に贈る「幸福論」』より抜粋した。内海氏の懐の深さが感じられる。 数回前にも「孤独」をテーマにした執行草舟氏の言葉を紹介したばかりだが、今回の言葉はもっとわかりやすいし、なんとなく親近感がわくのではないだろうか。 「同行二人」という言葉がある。 四国八十八ヶ所をめぐるお遍路で、巡礼者がかぶる笠に書き付けてある言葉だ。たとえ一人で歩いていても、弘法大師である空海さんがいつもそばに付き添って見守ってくれているから大丈夫ですよ、という意味である。 「孤独」と聞くと、寂しいだのかわいそうだのと多くの人は言うが、自ら好んで「孤独」を選ぶ人だっている。それはけっして強がりなどではなく、自分の心の内にいる「孤独」という名…続きを読む
 
大勢のなかに自分を埋没させてしまうと、不思議な安堵感があるものだ。しかし、それではきみたちの人格も個性もなくなったと同じことだ
内海隆一郎
 昨年他界した、作家の内海隆一郎氏が我が子へ向けて書き記した『父から娘に贈る「幸福論」』の中の一節である。 内海氏の著書の多くが重版されることなく絶版になっており、インターネット販売ですら手に入りづらくなっている。しかし、悲しいかな、今になって氏の著書に感銘を受けている人が増えているようだ。時代がようやく氏の考察に追いついたということか。 人は本当に素晴らしいものを目の前に差しだされていたとしても、見た目の派手さや流行、簡単に理解できるものでなければ手に取ろうとはしない。今も昔も変わらず。 時間の堆積に耐えられるものが本物だとすれば、時を越えて目にすることができる言葉も本物である。 内海氏が娘に伝え残そうとしたことは、それを見極める力を養いなさいということだろう。 長いも…続きを読む
 
今の文化は崩れやすくて、すぐに移り変わってゆくだろう?一番大切なのは、本物であることを示すことだよ
アラン・シャペル
「厨房のダヴィンチ」とも「フランス料理界の巨星」とも呼ばれていたアラン・シャペル。 自国を愛し、生まれ育った土地の農作物や草花が何より好きだった彼の料理は、大胆にして緻密に計算されていたという。作為的であることを嫌い、皿を大地と見立ててか、食材を飾り立てることを嫌った。シャペルは、大自然のありようを一皿に描こうとしたのにちがいない。 人類が作りあげてきた文化は、その時代時代を克明に表す。長く続いたものもあれば、短命で終わったものもある。 伝統文化や芸術作品、思想哲学など、連綿と受け継がれてきたものの共通点は、つねにそこには新しい発見があるということ。何度聞いても、何度見ても、聞くたび見るたびに何かが違う。新鮮な出会いを感じるのだ。 なにも高尚なものばかりがそうなのではない…続きを読む
 
自らを失なっていくのが孤立で、自らを創ろうとする行動が孤独なのです
執行草舟
 以前にも何度か登場している「現代のサムライ」こと、執行草舟氏の言葉だ。執行氏の著書『根源へ』から抜粋した。この著書は氏の哲学がぎっしりと詰まっていて、その内容はすべて本質を突いている。ページを開くたび格言がこぼれてくるので、受け止めるのに必死になる。 世の中はますます情報化が進み、世界中の情報のみならず、宇宙規模の情報、さらには過去や未来という時空を超えた情報までもが居ながらにして知ることができる。 その恩恵は計り知れず、この度の熊本地震や先の東日本大震災といった災害時には、情報だけが拠り所になるということがある。 ただし、情報を知りすぎることと行き過ぎた情報は、身を滅ぼすことがあるのも覚えておいてほしい。 「孤独死」という言葉を耳にすることが多くなった昨今、ますます「…続きを読む
 
病気は“治す”ものではなく“学ぶ”ものです
東城百合子
 自然食・自然療法の大家として知られる東城百合子氏の言葉である。 東城氏は、長年患っていた結核を自然療法によって完治させた経験から、自然の力を見つめ直すよう世の中に発信している。 東城氏いわく、自然治癒力という言葉どおり、本来病気は「自然」が治してくれるもので、食べ物を選ぶのは自分だが、血液を作り栄養を回すのは「自然の力」なのだ。 目に見える現象をどう捉えるか。それによって、その後の対処の仕方も異なれば、結果も異なる。 かのスティーブ・ジョブズはこう言い残している。「多くの場合、人は形にして見せてもらうまで自分は何がほしいかわからないものだ」と。 つまり、多くの人間は、現象となって目に見えるまで、自分の心は分からないということ。いや、もっと言えば、目に見えていても気づかな…続きを読む
 
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