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自分が好きなことを見つけて無我夢中で取り組み、ひとつずつ目標をクリアする。そうやって愉しみながら、自分という人間をぶ厚くしていく……。今がベストで、未来には未知の楽しみがある。これが、多樂の本質である、と『多樂スパイラル』のまえがきで書いたが、その原理原則は今も変わっていない。

日々の生活のなかで、森羅万象に潜む多樂をいかに味わうか。心に映りゆくよしなごとを書き留めておこう。それが読者の方々にとって、なんらかのスパイスになればとの願いもこめて…。

 

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街のシンボルになれる市庁舎

2017.09.21

 ググッとグンマ第3弾は、富岡市庁舎。

 街の中を回遊するバスに乗っているとき、新築された市庁舎は隈研吾氏の設計によるものだと教えられた。

 富岡製糸場を見た後、その市庁舎に立ち寄った。隣接する旧庁舎の取り壊し作業が続いているため、正面から写真に収めることはできなかったが、建物の中を見ることができた。中年の女性職員にいくつか質問すると、彼女は足早にロビーなどを案内してくれた。とても誇らしげな表情で。

 壁にある細い縦の白線は、繭の糸を加工したものだという。もちろん、地元の特産物である。隈氏は、建築物が立つ地域の歴史を大切にする。デザイン面では独自性を生かしながら、開放感のある、使い勝手のいい庁舎だと思った。

 

 これまで日本の公共建築は、無個性・没個性という言葉を表すためにあるのかと思えるくらい、同じような形をしていた。特に自治体の庁舎はその典型で、私はそれが日本人の景観に対する感性を損なってきたと思っている。もちろん、税金で建てる以上、必要以上に豪華であったり華美であるのは好ましくない。北関東3県の県庁舎のように、やたら大きいだけで、地域の歴史をまったく無視した庁舎は野暮の極致だ。水戸にある茨城県庁舎や前橋にある群馬県庁舎は、砂漠に忽然と現れた「利権政治の象徴」にしか見えない。宇都宮にある栃木県庁舎も砂漠にある感は免れない。人口がどんどん減っていくのはわかりきったことなのに、どうしてあれほど大きな県庁舎が必要なのか。なにしろ、歴史を物語る樹木がなく、高い建物とあまりにもアンバランスな若木が植えてあるだけなのだ。隣接地に移築された旧庁舎と比較すると、威厳の違いは明らかだ。

 私はこれまでに取材を含め、いくつもの県庁舎を訪れた。多くは歴史的建造物と、ずっとそれを見守ってきた樹齢の長い樹木がセットになっている。「建物は新しければいい、樹齢の長い木は大きくて邪魔だから伐ってしまえ」では、誇りの持てる街の風景など、つくれるはずもない。

(170921 第753回 写真上は富岡市役所庁舎の外観パース。市役所のホームページより。下は内部の壁面。生糸が使われている)

 

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