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自分が好きなことを見つけて無我夢中で取り組み、ひとつずつ目標をクリアする。そうやって愉しみながら、自分という人間をぶ厚くしていく……。今がベストで、未来には未知の楽しみがある。これが、多樂の本質である、と『多樂スパイラル』のまえがきで書いたが、その原理原則は今も変わっていない。

日々の生活のなかで、森羅万象に潜む多樂をいかに味わうか。心に映りゆくよしなごとを書き留めておこう。それが読者の方々にとって、なんらかのスパイスになればとの願いもこめて…。

 

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ハートウォーミングの紡ぎ手

2014.04.18

内海隆一郎著作 ときどき、降って湧いたように、どこからか指令がくる。

 昨年の11月のときもそうだった。何の前ぶれもなく、「内海隆一郎を再読せよ」と。

 それまで内海氏の作品で読んだことがあるのは『魚の声』だけだったが、以前、私は『fooga』という創刊したばかりの雑誌に、その本の短い書評を書いた。2002年初頭のことだったと思う。

 「内海氏は短い作品のなかに、まるでモーツァルトのオペラのように多くのアイデアを惜しげもなく注ぎこんでいる」と。

 モーツァルトのオペラは(他のジャンルについてもいえるが)、アイデア満載である。並みいる偉大な作曲家たちを地団駄踏ませるにじゅうぶんなほどに。

 誰かと話をしていてその本の話題が出たわけではない。何かの記事で紹介されていたわけでもない。にもかかわらず、「指令」が届いたのだ。

 ふだん、再読はほとんどしない。再読したい本はたくさんあるのだが、まだ読んでいない本が500冊くらいたまっているので、再読している暇がないのだ。おまけに、取材のためなど、どうしても読まなければならない本もある。

 「指令」に従って、『魚の声』を読んだ。それまでも、自分の内なる声に従っていい展開になったことが少なからずあったので、そのときも躊躇しなかった。

 心に沁みた。はじめに読んだときも感銘を受けたのだが、そのときより遙かに心が震えた。『魚の声』には「〜の声」と題した10の短篇が収められているのだが、多くは自然との交歓をテーマにしている。むだのない、シャープな文体は、海外の良質な短篇小説のような味わいがあった。

 最近、私は日本の小説を読むことが多いが、多くの日本の作家は長編に重きを置いている。短篇は売れないという出版事情がそうさせるのだろう。1冊でじゅうぶん収まるアイデアを無理に膨らませて上下巻売りにするなど、褒められたやり方ではない。

 

 『魚の声』を再読した後、内海氏の本を次々に購入した。氏の著作は60冊を超えるが、大半が絶版になっている。しかし、便利な世の中になったもので、ほとんどがアマゾンの中古マーケットで買えるのだ。しかも、1円という、信じられないような価格のものまである。

 人びとの忘れもの、人びとの季節、人びとの旅路、懐かしい人びとなど「人びとシリーズ」をはじめ、湖畔亭、鰻のたたき、欅通りの人びと、百面相、郷愁 サウダーデ、地の蛍、みんなの木かげ、だれもが子供だったころ、木々にさす光、朝の音、蟹の町、30%の幸せ、木に挨拶をする、鮭を見に、風の渡る町、金色の棺、街の眺めなどを続けざまに読んだ。

 内海氏は最初の作品で文學界新人賞をとり、次作が芥川賞の候補にあがった。落選がこたえたのか、その後しばらく編集者として「隠遁生活」をおくる。

 ある日、内海氏は八重洲ブックセンターの棚を見ていて、「そこに並んでいないもの」はどんな本か、と考えた。その結果、「市井の人びとのなにげない日常を描いた、読んで心が温かくなる短篇」だと気づく。読み終えた後、心がぽかぽかになるような作品を書こうと。そして、実際にそういう作品をたくさん書いた。

 内海氏の短篇は、じつにむだがなく、鍛えられたアスリートのような風格がある。それでいて、文体は平易だ。登場人物に寄り添い、細かい感情の機微を表現することから、その作風は「ハートウォーミング」と呼ばれるようになった。

 当時は多くの日本人がバブルの味を忘れられなかった。内海氏には逆風だったかもしれない。しかし、今こそ、内海隆一郎を読んでほしいと思う。

 ところで、私は内海氏の作品を『Japanist』に掲載したいと考えた。幸い、私の知人がかつて内海氏に師事していたことがあり、その方の仲介で直接会うことができた。

 それが昨年の暮れ。それから交流は深まり、何度目かに会った時のこと、内海氏からおもむろに「高久さん、以前、小説を書いていましたよね」と言われた。

 悪いことがバレてしまったかのように心臓が止まる思いだった。

 「お恥ずかしい限りで……」

 そう言って頭を掻いた。

 すると、内海氏はこうおっしゃった。

 「なかなか悪くありませんでしたよ。私の作品を褒めてくれた方がどのようなものを書くのか興味が湧いて読んだのですが、ぜひ、以前書いたものを読んでみてください」

 そんないきさつから、以前書いたものを十数年ぶりに引っ張り出して少しずつ書き直している。先日は、たっぷりと指導をしていただいた。あらためて自分の癖がわかり、「目から鱗」の状態だった。

 あの時、「内海隆一郎を再読せよ」と指令がきたのは、このためだったのか! と勝手に結論を導き出した次第である。

 読者の皆さん、まずは、来週発行の『Japanist』に掲載の『パズルのかけら』を読んでください。

内海隆一郎公式サイト http://members.jcom.home.ne.jp/0382099601/

(140418 第501回 写真は、内海隆一郎氏の著書のほんの一部)

 

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