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Weekly Interview

人の数だけ物語があります。本欄では、月3回、インタビュー形式でさまざまな物語を紹介します。

Interview Blog Vol.09

その時にしかできないこと、感じることを大切に

ゲルタイス菜々さん

2017.07.10

世界の貧困を目の当たりにして

現在、スイス人のご主人とスイスで暮らす菜々さん。以前務めていたJICA(国際協力機構)では、貧困問題に取り組み、国際支援にかかわっていたということですが、なぜ貧困問題を?

 10歳のときに家族旅行で行ったフィリピンのマニラでの出来事がきっかけでした。そのときに見た光景があまりにも衝撃的だったのです。自分と同じくらいの子供たちが、街のいたるところで物乞いをしているんですよ。
 それ以上に衝撃だったのは、ある白人女性旅行者の言動でした。
 物乞いをしている子供たちに向かって、彼女がお金を投げたんです。そして一言、「Say thank you(礼を言いなさい)」って言ったんです。横にいた両親が訳してくれたのですが、「え?」って思いましたね。子供ながらに何か嫌なものを感じました。
 でも、当時はまだ私も幼かったので、かわいそうというよりは怖い、ショックだという気持ちが強かったと思います。問題意識が芽生えたのは、そのあと、15歳の時に、また家族でフィリピンを訪れた時でした。街は5年前とまったく変わらず、物乞いをする子供たちも多く見かけました。でもそれは5年前に見た子供たちではないはずで、その時ふと思ったんです。あの子供たちはどうなっているだろうと。

その体験が貧困問題を考えるきっかけになったのですね。すぐに、何か行動をおこしたのですか。

 本を読んだり、日本のNGOを訪れて話を聞いたりしました。紛争地域で活躍される女性医師の話を聞いて感銘を受け、自分も医学の道を志すことも考えたのですが、次第に貧困問題の複雑さにも気づかされるようになり、自分の進むべき道がわからなくなった時期がありました。
 貧困はなぜうまれるのか、どうしたらなくなるのかを考えては悶々としていました。そのときに思ったんです。根本から学ぶしかないと。

根本というと、何でしょう。

 フィリピンで見た子供たちの抱える貧困問題を考えた際、医師になってできることは彼らの衛生環境を整えてあげることだと思います。それもとても大切なことですが、子供たちが路上で生活しなければならない、という現状は変わりません。貧困問題を取り巻く社会環境とその原因を根本から学び、理解しなければ、真の解決策を見つけだすことはできない、と思うようになりました。
 こうしたいという目的や、目指す方向ははっきりしていたのですが、そこに向かう道が見つからなくて苦労しました。
 というのも、日本の大学には自分が学びたいと思うものや、それにあてはまる分野がなかったんです。
 そんな折、イギリスの大学に留学していた姉から良さそうな大学があると言われて、調べてみたら、「開発学」(Development Studies)を教えている大学でした。貧困問題を政治、社会、歴史、宗教、文化などさまざまな角度から研究する学問で、まさに私が求めていたものだった。「これだ!」って思いましたね。
 イギリスでは開発学にかなり力を入れていて、各国から研究者や留学生が集まっています。
 大学では学生同士が貧困問題についてディスカッションを繰り返し、どうすれば解決できるのか、なぜ貧困は起るのかと、何度も話し合いをするのです。でも、話し合いでは解決できない。必ず、行き詰まるんです。

それは、どうしてですか。

 その場にいる誰も、貧困の経験がないからです。
 体験したことがないからわからない。だから、どんなに話し合ってもうわべだけの議論をしているような気がしました。
 だったら自分の目で確かめようと思って、大学を一年間休学してアジアの国々を旅しました。
 親からも多少の援助はありましたが、基本的には子供の頃から貯めていたお年玉を元手にして、タイ、インド、ネパール、中国などのローカルな地域を一人で回りました。いわゆる、バックパッカーですね。その土地ごとに、地元で活動するNGOや寺院などにお世話になりながらボランティア生活をし、開発支援の現場を体験しました。

国際問題の現実、支援という罠

JICAでの活動を教えてください。

 JICAでは、東京、ボリビア、広島のセンターなどを転々として5年間働きました。ODAプロジェクトの担当としてさまざまな案件の立ち上げ、運営に携わりました。主に私の専門である教育分野の案件や、海外からの研修員受け入れ事業を担当しました。

活動を通して学んだことはなんでしょう。

 海外支援の内情を目の当たりにすると、想像以上に貧困問題は根深いと思いました。支援には利害関係が大きく影響するのですが、その現実を思い知らされることも多くありました。
 支援される側の国は、その国にとって一番有利な条件を提示してくれる国を支援国として受け入れようとします。支援する側も、支援することで経済効果があるということで、より良い条件を出そうとする。国際支援に関する枠組みのようなものもありますが、実際は支援をめぐって国同士が競争になるんです。ただ、利害関係があるのは当然のことなので、その中でいかにプロジェクトの効果をあげていくのか、どのように工夫できるのかを考えることを常に心がけていました。

だとすると、支援される側は与えてもらって当然、してもらって当然となって、永遠に貧困はなくならないですね。

 そうなんです。そもそも私は「Help」という言葉が好きではありません。「可哀想だから助けてあげる」という考えは、一見、いいことのようにも見えますが、相手を助けられなければならない弱者として見ているように思えてならない。
 そう考えるようになったのも、フィリピンでの体験から悩んだこと、そして学生時代に旅をした経験が大きいですね。旅をした際に実感したのは、地元の人たちの力強さでした。「皆の生活を良くしたい」と熱く語るインドの小さな村のカリスマ村長や、「人は皆幸せになる権利がある」と優しい目で諭すチベット仏教のラマの眼は輝いていました。彼らは世界を変える力を持っているのは人なのだ、ということを私に教えてくれました。彼らの思いやビジョンを形に変えるサポートこそが開発援助の在り方だと思います。

二度と戻らない今を精一杯、生きる

今後のビジョンはありますか。

 JICAを退職後、スイスに来てからは2年間開発コンサルタントとしてルワンダの技術教育プロジェクトに関わり、年の半分ずつルワンダとスイスを往復する生活をしていましたが、今は休息期間としてドイツ語を勉強しながら今後どのようなことができるかを考えているところです。
 どうしたら貧困はなくなるのか、という問いを考えていくことは、わたしの永遠のテーマだと思います。これまでに学問、ローカルNGO、政府機関、とさまざまな角度から貧困問題に取り組み、悩み、考えることで多くのことを学びました。今までとはまた違った角度から開発支援が考えられるようなことができればいいですね。

その時々の自分の気持ちに正直に、まっすぐに向き合い、目の前の現実を真摯に受け止めてこられたと思います。たとえ一人であっても立ち向かっていく。その強さはどこからくるのでしょう。

 私が常に意識していることは、「その時にしかできないこと、感じられないことを大切にする」ということです。
 時間は取り戻せませんから、その時々を精一杯生きる。後悔したくないんです。だから、自分自身はもちろん、関わる人たちとの時間を大切にしたい。今は、家族との時間をもっともっと大切にしたいと思っています。

 

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