日本人として覚えておきたい ちからのある言葉【格言・名言】
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偉人たちの言葉には、いつの時代にも通用する普遍性があります。それぞれの時代を懸命に生き、一事をなした人たちの一言だからこそ、今もなお私たちの心を揺さぶり続けるのです。

“心の栄養”として、活用してください。

Kakugen

身を使う中にも心根あるべし。身を強く動かす時は足踏みを窃むべし。足を強く踏む時は身をば静かに持つべし。これ、筆に見え難し。相対しての口伝なり
世阿弥
『風姿花伝』から、世阿弥の教えのひとつを紹介しよう。以前も別の教えを紹介したことがある。 これは第七章、別紙口伝の中のひとつで、鬼人を演じるときの心得を説いている。 つまり、怒れるときこそ、やわらかな心を忘れてはならないということを具体的に説明しているのだ。 現代語訳にすると、「体を激しく動かす際も、繊細な心遣いが必要。体を動かすときは、足踏みをそっと優しく、音がしないようにすること。また、足を強く踏むときは、体を静かに保つこと。 これは文章で説明するのは難しい。本来は、直接口頭で伝えるべき口伝なのだ」 ということらしい。 怒れるときこそ心穏やかに、というのは頭ではわかっていても、なかなかむずかしい。 しかし、そこに人間としての器が現れる。 怒りが起こったときは試されてい…続きを読む
 
世の中は、今日よりほかはなかりけり 昨日は過ぎつ 明日は知られず
古歌
 だれが歌ったか、古の歌だそうだ。禅や仏教に精通する人は、一度は耳にしたことがあるはず。禅語にある「即今」とも通じる。 生きるとはなにか。 生命とはなんなのか。 謎解きのように、今も昔も語られる「生きることの意味」も、昨今は「いま・ここ」がそうなんだと、わかるようなわからないような具合で諭されるようになった。 そうはいっても・・・ねえ。「昨日食べたごはんはなんだっけ?」と思い出そうとしたり、「明日のスケジュールは・・・」と考えてみたり。 なかなか「いま・ここ」なんて、と思う人もいる(?)かもしれない。 たしかに、今を生きるわれわれは、昨日も生きていた。 そして、何ごともなければきっと、明日も生きているはず。 けれど、「生きる」「生きている」のは、今の今。 現在形を使ってい…続きを読む
 
一粒の砂に世界を見、一輪の野の花に天を見る。
ウィリアム・ブレイク
 イギリスのロマンティシズムを代表する詩人といえば、ウィリアム・ブレイク。有名な詩『無垢の予兆』の冒頭がこれだ。画家でもあった彼の挿絵つきの詩は、よりいっそうブレイクの世界観を表す。その世界観は禅的であり、禅の大家、鈴木大拙も著書『禅』の中で引用している。 ブレイクは、小さなものの中に広がる大きな世界を謳った。 一粒の砂に世界を見、 一輪の野の花に天を見る。 汝の掌に無限を捉え、 一時の中に永遠を見よ。 一滴の水は大河となって大海へ流れるし、大海の水もまた、天に昇って降り注ぐ。 小さな世界と大きな世界は、分かつことなくつながっているのだ。 一粒ひとつぶの砂は、どれひとつとして同じものはない。 同じではないけれど、砂であることにはかわらない。 一輪の野の花は力強く、与えられ…続きを読む
 
勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし
松浦静山
 肥前国第9代平戸藩主、松浦清の言葉。正確に言えば、47歳で家督を息子に譲った後、松浦静山の名で執筆した随筆集『甲子夜話』の中の一節である。 東北楽天ゴールデンイーグルスの名誉監督、野村克也氏の座右の銘として話題になった。 勝負は時の運とはいうものの、ひとつだけはっきり言えることがある。 偶然に勝つことはあっても、偶然に負けることはない。 失敗の裏には、必ず落ち度があるはずなのだ。「たまたま運がよかった」というのも、もしかすると、運を味方につけるような努力をしていたのかもしれないし、知らないうちに徳を積んでいたのかもしれない。 だとしたら、運の善し悪しを決めるのは、日々の過ごし方の如何によるのだろう。 勝った負けたで一喜一憂する必要はない。 そこから何を学びとるのかが問題…続きを読む
 
もし互いに注ぐ愛情が等量でありえないのなら、愛情量が多い方に私はなりたい
W・H・オーデン
 アメリカに帰化したイギリスの詩人、W・H・オーデンの詩の一節である。村上春樹が翻訳した『恋しくて』の中の短篇「愛し合う二人に代わって」に出てくる。社会問題を扱い、「30年代詩人」としてブームを巻き起こしたオーデンの熱は、戦後日本の文学青年たちにも飛び火した。 愛情はときに偏り、独りよがりに歩き出してしまうことがある。 愛情が主張しはじめたら要注意。 やがて、与えた愛情のぶんだけ見返りを期待してしまうから。 一人歩きし始めた愛情は、自己愛にすぎないのだ。 愛情を注げば注ぐほど見返りを期待してしまうのは、注いだぶんだけ、こちらの愛情がからっぽになってしまうことを恐れているからだろうか。 けれど、本当の愛情というものは、こんこんと湧き出る泉のように枯れはしない。 体の奥底から…続きを読む
 
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